新幹線「のぞみ」が1992年3月14日のデビューから今年で30周年を迎えた。当初は東京―新大阪間が1日2往復、全車指定席だったが増発を重ね、2003年10月のダイヤ改正では「ひかり」の多くが「のぞみ」に置き換えられた。このとき自由席も設定されて東海道新幹線の主軸となり、現在は1時間あたり最大12本(東京発)の運転が可能となっている。
わずか19分の短縮だが…
「のぞみ」のデビュー時はバブル景気が崩壊した直後であり、その後、日本経済が「失われた10年」と呼ばれ停滞していた間に成長期を迎えたことになる。長期停滞期に着実に運転本数を伸ばした理由は、やはり高速運転による速達性ゆえだ。
最高運転速度は時速220キロから270キロに引き上げられ、東京―新大阪間の最短所要時間は2時間49分から2時間30分に短縮された。念頭には大型機の投入や規制緩和の流れで大衆化が進んでいた航空機への対抗があった。
わずか19分の短縮だったものの効果は大きく表れ、その後の増発につながった。特に朝の列車は新大阪を6時に出発すれば8時30分には東京に着く。「朝9時の会議に間に合う」とPRされ、ビジネスマンに歓迎された。ビジネスでは時間こそ大きな価値を持つ。これはバブル崩壊後も変わらなかった。
また、特急料金(東京―新大阪間)は当初、「ひかり」の普通車指定席より950円高かった。後に「のぞみ」主軸のダイヤになると差額も縮まったが、現在も320円割高だ。
値上げとなると反対の声が何かと目立つものだが、利便性が向上したことで多くの利用客に支持され、コロナ禍前の金曜夕方は全列車満席といった状況も日常茶飯事だった。
重要だった「底上げ」
もう一つ、「のぞみ」の30年を語る上で外せないポイントがある。
03年10月のダイヤ改正は東海道新幹線の品川駅開業に伴うものだが、同時に2階建て新幹線100系(最高時速220キロ…
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