石が飛んできそうだが、サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会で日本がクロアチアに負けた時、心穏やかになった。強豪スペイン、ドイツに勝ったのだから熱狂は分かる。ほっとしたのは、メディアが醸し出す同調圧力に耐えられなかったからだ。
12月2日午前4時(日本時間)開始のスペイン戦が終わった後の公共放送の朝ニュース。アナウンサーは開口一番、「国民全員、この時を待っていました」。続いて「寝不足の方もおられるかもしれませんが、我慢してください」。
民放の情報番組では「日本が一つになる」の文字が画面右上に張り付いていた。クロアチアに敗退した後は「感謝の声」「感動をありがとう」があふれた。
サッカーのみならずスポーツに関心がないから、「国民全員」に怒りすら覚えた。感謝の念もわかない。私の好悪はどうでもいいが、「この瞬間を待つ」余裕のない人、そんな寝不足ぐらいふざけるなという人はたくさんいるだろう。想像力はないのかと一人毒づいた。
スポーツやスポーツを好きな人を否定するつもりは全くない。便乗もいいし、商売に利用するのもありだろう。だが、メディアは影響力があるだけに、広い視野で冷静に伝えることが必要だ。
日韓W杯の熱狂
それでも毎日新聞記者時代は、スポーツ取材も一生懸命やった。思い出すのは、2002年、日本と韓国で開催されたサッカーW杯。国民全員サポーターになったかのような盛り上がりだった。
当時、橋爪大三郎・東京工業大教授(現名誉教授)に、ナショナリズムとの関係について取材し、記事にした。いわく「W杯が象徴するのは戦争。戦争には、国民が一致団結し、一体感と連帯感を享受する作用があり、高揚感をもたらす」。「それを武器を使わず味わえるのがW杯。お祭りの高揚感だ」とばっさりだった(毎日新聞02年6月24日夕刊)。
この時、韓国はアジア勢として初の準決勝に進んだ。自民党議員らが東京の韓国大使館に結集。韓国チームのユニホームを着て太極旗を振って応援したのも取材した。
ポジナショナリズム
それから20年。W杯とナショナリズムとの関係は変わったのか。「オリンピックが生み出す愛国心」(かもがわ出版、15年)でたどった。
執筆者の一人、精神科医の香山リカさんは、日韓W杯のお祭り騒ぎを「ぷち…
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