MRJが世界を飛ぶ日 フォロー

三菱スペースジェット撤退「結局何が足りなかったのか」

平野純一・週刊エコノミスト編集部記者
名古屋空港を離陸する三菱航空機のスペースジェット試験機=2020年3月18日、兵藤公治撮影
名古屋空港を離陸する三菱航空機のスペースジェット試験機=2020年3月18日、兵藤公治撮影

スペースジェット悲しき撤退(1)

 国産初のジェット旅客機を目指していた三菱航空機の「スペースジェット」(旧MRJ)について、親会社の三菱重工業は2月7日、開発からの撤退を発表した。2008年に開発を始め、航空関係者だけでなく広く一般からも期待を集めたが、“日の丸ジェット”は夢のまま終わった。

 同日記者会見した三菱重工の泉沢清次社長は「型式証明(TC)取得の知見や経験が足りず、新型コロナの影響もあり、事業性を見いだせなくなった」と撤退の理由を述べた。

 スペースジェットの開発には約1兆円をつぎ込んだが、ついに完成機を見ることはできなかった。最も多かった時は447機あった受注は、相次ぐキャンセルで267機にまで減った。納入すると約束した航空会社に違約金を支払うのか、今後の交渉が注目される。

2015年に初飛行したが……

 開発はつまずきの連続だった。スタートした08年当時の予定では、11年に初飛行、納入は13年、開発費は1500億円だった。「YS11」以来、国産の旅客機開発は50年のブランクがあるのに「あまりに楽観的ではないか」と業界ではささやかれていた。

 結局、納入予定の延期は6回に及んだ。製造工程の見直し、部品納入の遅れ、主翼の設計変更などで、…

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週刊エコノミスト編集部記者

1962年生まれ。87年毎日新聞社入社。盛岡支局、サンデー毎日編集部、経済部、週刊エコノミスト編集部などを経て2016年から経済プレミア編集部。23年2月から現職。金融、為替、証券、マクロ経済などを中心に取材。