ホンダと日産自動車は2月13日、昨年12月23日に公表した経営統合に向けた協議を打ち切ると発表した。なぜ両社の“蜜月”は、わずか52日で終わったのか。当初は持ち株会社の下で両社が子会社になる案で合意していたが、協議の途中でホンダが日産を子会社化する案を提示し「受諾か協議打ち切りか」を迫ったことが破談の理由とされる。背景に何があったのか。
両社トップの説明は…
両社トップは13日、別々に記者会見を開き、協議打ち切りの理由を説明した。ホンダの三部敏宏社長は「(持ち株会社案では)厳しい判断を迫られる局面で、判断のスピードが鈍る可能性が否定できない」と考えを変えたことを明らかにした。
そして「ワンガバナンスの体制を早期に確立したい」と判断し、子会社化案を提示したと説明。日産が受け入れない可能性も考えたが「それ以上に恐れたのは、両社の統合が遅々として進まず、より深刻な状況に陥ること」だったと振り返った。
一方、日産の内田誠社長は子会社化案について「日産の自主性をどこまで守れるか確信を持てなかった」と説明した。「日産の強みを発揮できるか悩んだ」「それ(子会社化)でいこうと決心がつかなかった」と決断できなかった胸の内を明かした。
「二者択一」を迫ったホンダ
12月に発表した持ち株会社案は「社長はホンダが指名。取締役会の過半数もホンダが握る」とホンダ主導で合意していた。ただし日産側も取締役に入るため、持ち株会社の意思決定に関与できる。ところが子会社になると関与はかなり限定的になる。
ホンダは「子会社化を受け入れなければ協議を打ち切る」と日産に短い時間で結論を出すよう迫った。持ち株会社案のまま協議を続けることは、ホンダ側も持たなかった事情がうかがえる。
日産は取締役会で受け入れるか否かを話し合った。内田社長ら執行部の判断は「子会社化を拒否」だった。関係者によると、子会社化を受け入れても…
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