医療費の患者負担に歯止めをかける高額療養費制度は、家計の「最後のとりで」を守る最重要のセーフティーネットだ。政府は2025年8月から3段階の大幅引き上げを示したが、患者団体や野党からの反発を受け、実施をいったん見送り、秋までに再検討するという。公的医療保険財政の健全化は大きな課題だが、今回の政府案は、社会保険の目的やこれまでの経緯に照らしても異様に映った。
半世紀で移り変わってきた役割
高額療養費制度は1973年に導入されたが、位置づけは時代とともに変化した。その流れを確認しよう。
誰でも公的医療保険に加入する「国民皆保険」は61年に始まった。意欲的な事業ながら当初、窓口負担は加入制度や立場によってバラバラだった。
会社員らが加入する被用者保険(健康保険組合や政府管掌健康保険など)は、本人こそ定額のみだが、扶養家族は5割負担と差があった。自営業者らが加入する国民健康保険も5割負担だった。
これら高い負担の引き下げが課題となり、国保は68年までに3割に引き下げた。「福祉元年」となる73年には、高齢者の自己負担を無料化し、被用者保険の扶養家族は3割に下げ国保と同率にした。
それでも扶養家族と国保の3割負担は比較的重いため、その負担限度額を定める高額療養費制度も創設した。負担格差が広がらないようにする役目だった。
だが、同年のオイルショックで日本経済は低成長に陥り、医療保険財政の悪化から、今度は低い負担の引き上げが焦点となる。被用者保険は84年に本人窓口負担を定率1割とした。高齢者については83年に定額の一部負担とし、01年には定率1割とした。
この局面では、定率化に伴い高額療養…
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