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野村1兆円ファンドの終わり「資産運用立国」のこれから

渡辺精一・経済プレミア編集部
=Getty Images
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 四半世紀前に1兆円超を集めて「巨艦ファンド」と呼ばれた投資信託がひっそり消える。野村アセットマネジメントの「ノムラ日本株戦略ファンド」。運用不振が長期化して資金が流出しており、別の投信に併合して幕引きを図る。日本の投信は粗製乱造の結果、小規模で取引の薄い「ゾンビ投信」が多いことが問題だったが、政府が資産運用業の改革を迫るなか、ここにきて併合・償還など整理が加速する。

実績なしで「1兆円ファンド」

 日本株戦略ファンドの設定は2000年2月。わずか2カ月で純資産総額が投信で初めて1兆円の大台を超え「1兆円ファンド」と話題になった。

 投信は本来、長期間かけて運用実績を示して顧客の支持を集め、資産を積み上げる。欧米の金融業界は当時、実績もない巨艦ファンドの誕生を「奇異な現象」と評した。

 これには三つの要因があった。時はまさにITバブル真っただ中で、相場先高観が強かった。また、バブル崩壊後の高金利時代に資金を集めた郵便貯金(現ゆうちょ銀行)の定額貯金が集中償還期を迎えていた。こうして運用先を求めてさまよう家計マネーを野村グループが強力な営業力で握った。

 だが、この時点がピークだった。ほどなくバブルが崩壊すると人気は暗転する。相場下落に加え、資産が巨大すぎて運用は柔軟性を欠いた。基準価格は急落し2年後には設定時の4割を割り込んだ。運用改革に取り組んだが、長期低迷が続き、24年9月末の純資産残高は540億円に縮小した。

 野村アセットは23年、投信の運用効率を高めるため、約700ある投信本数を30年までに半減する計画を示し、顧客目線の投信評価に乗り出した。日本株戦略ファンドは、競合投信に比…

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経済プレミア編集部

1963年生まれ。一橋大学社会学部卒、86年毎日新聞社入社。大阪社会部・経済部、エコノミスト編集次長、川崎支局長などを経て、2014年から生活報道部で生活経済専門記者。18年4月から現職。ファイナンシャルプランナー資格(CFP認定者、1級FP技能士)も保有。