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埼京線40周年 意外な歴史と「山手快速線」としての期待

土屋武之・鉄道ライター
埼京線開業40周年の記念列車。開業当時は山手線と同じうぐいす色のラインカラーだった=記事中の写真はすべて筆者撮影
埼京線開業40周年の記念列車。開業当時は山手線と同じうぐいす色のラインカラーだった=記事中の写真はすべて筆者撮影

 1985年9月30日に開業した首都圏のJR埼京線が40周年の節目を迎えた。現在、列車前面に記念ヘッドマークを掲出しているほか、JR東日本がさまざまな記念企画を展開している。今回は埼京線の歴史を振り返りたい。

騒音の見返り?

 埼京線は、東京─大宮間に東北新幹線を建設する際、沿線住民への「見返り」として誕生した路線だ。

 当時は東海道新幹線の騒音が社会問題化しており、東京─大宮間でも新幹線の建設反対運動が起きていた。国鉄は当初、一部区間を騒音が抑えられる地下線にする計画だったが、地盤が軟弱だとわかり、73年に高架線案に変更。これにより反対運動はさらに勢いを増すことになった。

 だが国鉄側はこのとき、交換条件として新幹線に在来線(通勤新線)を併設し、慢性化していた東北本線(当時)や高崎線の混雑の改善を図ることを地元に提示していた。

 これに当初は反対姿勢を貫いていた地元も徐々に態度を軟化。沿線自治体の一つである埼玉県も条件付き同意で調整に入り、78年には通勤新線(赤羽─大宮─宮原間)の建設認可も下りている。この路線は東京側で赤羽線(池袋─赤羽間)と一体化して池袋駅まで乗り入れ、大宮側では高崎線に直通する計画だった。

 しかし車両基地の場所がなかなか決まらず、最終的に川越線南古谷駅近く(現在の川越車両セン…

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鉄道ライター

1965年、大阪府豊中市生まれ。大阪大学で演劇学を専攻し、劇作家・評論家の山崎正和氏に師事。出版社勤務を経て97年に独立し、ライターに。2004年頃から鉄道を専門とし、雑誌「鉄道ジャーナル」のメイン記事などを担当した。東日本大震災で被災した鉄道路線の取材を精力的に行うほか、現在もさまざまな媒体に寄稿している。主な著書に「ここがすごい!東京メトロ」(交通新聞社)、「きっぷのルール ハンドブック」(実業之日本社)など。