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環状運転100年 山手線はどうやって「丸く」なったのか

土屋武之・鉄道ライター
環状運転開始から100周年を迎えた山手線=筆者撮影
環状運転開始から100周年を迎えた山手線=筆者撮影

 東京の山手線が2025年11月1日、環状運転となってから100周年を迎えた。JR東日本ではこれを記念し、歴代の山手線車両を模したラッピング電車を運転するなど、各種イベントを展開した。

 今回は山手線の歴史を振り返りたい。

環状化までの道のりも40年

 山手線の環状運転開始は100年前だが、路線の歴史はさらに古く、1885年3月1日に開業した日本鉄道品川線(品川―赤羽間、後に国有化)がはじまりだ。もともとは現在の東海道線と東北線を結び、当時の重要な輸出品だった生糸を群馬県などから横浜港へ運ぶ目的で建設された路線だった。

 品川線の開業から数えると今年で140年になる。当時の沿線は東京市街地の外側にあたる田園地帯で、途中駅は渋谷、新宿、板橋だけ。池袋にまだ駅はなく、渋谷駅も開業日の乗降客は0だったとの逸話も残っている。つまり、重要路線である点は今と変わらないが、路線の性質は大きく異なっていた。

 その後、1903年に池袋駅が設置され、品川線から枝分かれする形で池袋―田端間が開業。品川―赤羽間とともに「山手線」と呼ばれるようになった。

 電車による運転が始まったのは1909年だが、この時点でも環状化にはまだ遠い。江戸時代からの住宅密集地帯で、路線の建設が困難だったエリア(上野・東京エリア)がまだ残っていた。ようやく環状運転が実現したのは、神田―上野間で旅客線が開通した1…

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鉄道ライター

1965年、大阪府豊中市生まれ。大阪大学で演劇学を専攻し、劇作家・評論家の山崎正和氏に師事。出版社勤務を経て97年に独立し、ライターに。2004年頃から鉄道を専門とし、雑誌「鉄道ジャーナル」のメイン記事などを担当した。東日本大震災で被災した鉄道路線の取材を精力的に行うほか、現在もさまざまな媒体に寄稿している。主な著書に「ここがすごい!東京メトロ」(交通新聞社)、「きっぷのルール ハンドブック」(実業之日本社)など。