東日本大震災から今年3月で9年がたちました。私も災害派遣医療チーム(DMAT)の一員として被災地で活動しました。今回はこの出来事を振り返りたいと思います。
発災翌々日の3月13日に福島県立医大のDMATの拠点本部に入り、先に福島入りした日本医大千葉北総病院の救命スタッフと交代しました。14日には全国から参集していたドクターヘリ7機を駆使し、津波で機能停止した宮城県石巻市立病院に取り残された患者さん百十数人の病院避難をマネジメントしました。
ドクターヘリは、石巻運動公園と病院の間を何度も往復しました。公園には大量の救援物資が集められ、市の職員さんにお願いして食料と燃料、自家発電機を譲り受け、病院に運びました。石巻産のイチゴもたくさんあったので運びました。イチゴ、とてもおいしかったです。
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