漢方について勉強しようとしたときに、最初のハードルとなるのが、陰陽五行説に代表される独特な東洋思想の考え方や自然観だと思います。
この世の森羅万象を、陰陽の二つに大別するとか、「木」「火」「土」「金」「水」の五つの要素に分けるなどといった、大昔から伝えられた大ざっぱな話は、宇宙にロケットを打ち上げ、臓器を入れ替える科学技術を持つ私たちにとって、何の意味があるのでしょうか?
しかし、漢方の治療家を育成する立場としては、五行説は治療を決定する理論的な枠組みですから避けて通るわけにもいきません。どうやって重要性やリアリティーを感じて学生に学んでもらえるか、日々頭を悩ませています。
そんな折、ある勉強会で歴史学者の藤原辰史さんのご講演を聞く機会がありました。
藤原さんは農業や食の歴史を専門に研究しておられ、「環境にやさしい」といわれる有機農法と第二次大戦中のナチス・ドイツとの意外なかかわりを明らかにした著書(「ナチス・ドイツの有機農業―『自然との共生』が生んだ『民族の絶滅』」<柏書房、2012年>)などで高く評価されています。
講演のタイトルは「分解の哲学」でした。大量生産・大量消費の現代社会はゴミ問題をはじめとしてさまざまなゆがみを抱えています。その解決のためには生産・消費の後にくるべき「分解」という段階について考える必要がある、と藤原さんは言います。
自然界においては、二酸化炭素や水、そして太陽のエネルギーから植物が炭水化物を合成し、花の蜜や果実、葉っぱや根っこに蓄え、動物がそれを餌とします。そして動物の排せつ物や死骸は数多くの小動物や微生物の働きで土に返り、植物の栄養素となります。
つまり、植物が生産し、動物が消費し、小動物や微生物が分解を行うことにより、自然界のサイクルが成り立っているわけです。
藤原さんによると、建築業界やアパレル業界から、大量生産・大量消費に終始する現状に反省の声が上がっており、ある一定の年数がたつと植物が生えて土に返っていくような建材の研究や、着られずに廃棄される衣服を作り直し、新たなデザインや機能性を持った服として再生し流通させるシステムの開発の動きがあるそうです。
こうしたお話を聞いて、私は「ああ、世の中で起こる全ての事象が、『木』『火』『土』『金』『水』のいずれかの要素に割り当てられるものとする『五行説』も一つのサイクルだ」と気づきました。
「生産性」「成長性」ばかり重んじる価値観の危うさ
木が燃えて火を生み出し、火が焼き尽くすと土に返り、土中の鉱脈から金属が産出し、…
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新潟医療福祉大学 リハビリテーション学部 鍼灸健康学科教授
1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科を経て、2023年4月より、新潟医療福祉大学リハビリテーション学部鍼灸健康学科教授。聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー 。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。
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