政府は「こども未来戦略方針」を閣議決定した。今後3年かけて年間3兆円台半ばの予算を確保し、「加速化プラン」として集中的に取り組みを進めるという。岸田文雄政権は「異次元の少子化対策」と称して人口減少に歯止めをかける意欲を見せる。だが、「異次元」というほどの内容なのだろうか。生まれてくる子どもは予想を上回る速度で減っている。
7年前、フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏にインタビューしたことを思い出す。「人口減少こそ日本の唯一の課題。どうして日本はもっと本気で対策に取り組まないのか。気づいたときにはもう遅い」と強く訴えた。トッド氏の予言は現実のものになろうとしている。日本に残された時間は少ない。
40年後に日本はなくなる?
ランチの客で混み合う店に無精ひげを生やしたトッド氏はやってきた。ジャケットの胸ポケットに眼鏡やペンを無造作に入れている。2016年11月、パリ中心部のカフェでインタビューは行われた。
「世界のどこを見ても日本ほど素晴らしい国はない。経済は強く科学技術にも秀でている。国民は勤勉で治安も良い。食べ物もおいしい。それに比べフランスときたら経済はドイツにやられっ放し、政治家も官僚も能力がなく、テロはあるし治安も悪い。フランスはだめなまま40年後もフランスであり続けるだろう。しかし、日本は40年後にあるかどうか私にはわからない」
キノコオムレツをほおばりながら、トッド氏は熱弁を振るった。誰に対しても歯に衣(きぬ)着せず辛辣(しんらつ)に批判するため、フランス国内では嫌われているのだといい、大の日本びいきであることを自任するトッド氏は日本の少子化を深刻にとらえていた。
「どうして日本は人口減少をもっと真剣に考えないのだ。人口対策は巨大なタンカーみたいなもので、急に針路を変えることはできない。危機に気が付いて慌ててかじを切ったところで、その時にはすでに手遅れなのだ」
世界各国の家族類型を分析して政治体制との関連を論考し、出生率や乳幼児死亡率など生命や健康に関する統計の分析から、その国の内部で起こっている状況を解き明かす独特の研究で注目されている。古くはソビエト連邦の崩壊を予測し、まだ泡沫(ほうまつ)候補と見られていたころのトランプ氏が米国大統領に当選することや、イギリスの欧州連合(EU)離脱も当ててきた研究者である。
少子高齢化や経済の長期的な停滞に陥っていた日本のことをトッド氏がどう見ているのかを知りたいと手紙を書いたところ、自宅にほど近いカフェで会おうと返事がきた。
「老いた親の介護負担を家族が負いすぎる。子育ての負担も重すぎる。家族だけに任せていたのでは生まれてくる子どもは増えない。日本国民は税金を取られるのを嫌がるというが、それはわなだ。税金は介護や子育てから家族を解放するために徴収されるのだ。もっと税金を上げなければ少子化は改善できない」
日本では12年の民主党・野田佳彦政権の時、税と社会保障の一体改革を与野党が合意し、消費税を5%から10%へ引き上げ、子どもや子育てに消費税を投入することが決められた。トッド氏にインタビューした当時は自民党の安倍晋三政権が待機児童の解消や「働き方改革」による非正規社員の待遇改善などに取り組んでいた。
そのことを指摘すると、トッド氏は「日本政府は何もやっていない」とにべもなかった。「安倍首相の周りにいる人たちは経済優先の考えだから、中期的な展望で経済が安定することを望んでいる。私の関心はもっと長期的に日本が安定することだ。それには人口問題や出生率のことにもっと真剣に取り組まねばならない」
翌年の17年にもパリでトッド氏に再び会ったが、日本政府の少子化対策の手ぬるさに対する批判は変わらなかった。
災いは突然、現れる
最初にトッド氏にインタビューをしてから6年、日本で22年に生まれた子どもは77万747人になった。終戦直後には年間270万人近くが生まれていたのと比べると、3分の1から4分の1ほどに落ち込んでいることになる。1人の女性が生涯に産む子どもの数である合計特殊出生率は1・26。人口を維持するためには2・07を超えなければならないが、はるかに届かず、安倍政権が目指した「希望出生率」1・8からも遠い。
「人口は30~40年は穏やかに変化するので人々は気づかない。しかし、災いは突然にやってくる。…
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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさしい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問(非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員なども。著書に「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』」「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規)、「スローコミュニケーション」(スローコミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。
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