令和の幸福論 フォロー

やまゆり園事件で見過ごされた課題「入所施設」

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
事件から7年。津久井やまゆり園の「鎮魂のモニュメント」には、朝から多くの花が手向けられた=相模原市緑区で2023年7月26日午前9時8分、柿崎誠撮影
事件から7年。津久井やまゆり園の「鎮魂のモニュメント」には、朝から多くの花が手向けられた=相模原市緑区で2023年7月26日午前9時8分、柿崎誠撮影

 19人の障害者の命が奪われた津久井やまゆり園事件はまだ記憶に生々しい。事件の衝撃は大きく、さまざまな要因が凝縮されているせいか、真剣に議論されずに素通りしてしまった課題がある。なぜ人里離れた山間部の施設に大勢の障害者が集団で暮らしているのかということだ。

 欧米の先進国では入所施設での集団処遇は人権上問題があるとして批判され、障害があっても住み慣れた街で自由とプライバシーを大事にした暮らしが求められてきた。逆に入所施設が増設されてきたのが日本だ。2000年代になって厚生労働省は施設から地域生活への移行の旗を掲げるようになったが、思ったほど入所施設は減らない。むしろ、最近は地域移行の流れが停滞している。

 深刻な人権問題と福祉行政の機能不全をこのまま放置してはいけない。

プライバシーのない雑居部屋

 ひとりでは生きられない障害者のために入所施設を必要と思う人もいるだろう。しかし、福祉サービスが乏しく家族だけで背負っていた時代とは違う。現在は障害者が通うことのできる通所施設や雇用の場が増え、住み慣れた街で少人数が暮らすグループホームも急増している。重度の障害があっても地域で暮らせる仕組みは整ってきた。さらには障害者の1人暮らしを支えるサービスや権利擁護の制度も整備されてきた。

 そういう時代に山奥の施設で自由のない集団生活を強いられることをもっと重く考えるべきだ。日本知的障害者福祉協会が21年度に行った入所施設の居室状況調査によると、個室は62.2%にとどまり、4割近くが2人部屋、3人部屋といったプライバシーのない生活をしている。

 学生寮や部活の合宿などではない。大人になって何年も何十年もずっとプライバシーのない雑居を強いられているのだ。好きな時に外出できるわけでもなく、出された食事を毎日食べ、同じ場所で決められた日課を過ごしている。

 利用者がストレスを募らせて大声を出したり暴れたりすれば、「行動障害」として施錠した部屋に閉じ込めたり、向精神薬を過剰に投与して行動を抑制したりする施設も多い。津久井やまゆり園がまさにそうだった。元職員に死刑判決を下した横浜地裁は、やまゆり園という施設での勤務経験の中から「重度障害者には生きる価値がない」というゆがんだ動機が形成されたと断じている。

 中には豊かな自然に囲まれたリゾートホテルのような入所施設もある。そういう施設は家族には人気だ。しかし、リゾートホテルはたまに訪れるから安らげるのであって、ずっと同じ敷地内で勝手に外出することを許されずに何十年も暮らせと言われたら、私には監獄にしか思えなくなる。たまに訪れる家族や、仕事が終われば帰っていく経営者や職員と、そこから出ることのできない障害者は違う。

進まない地域移行、国連も批判

 厚労省は入所施設から地域への移行を重要な課題として掲げているが、21年3月時点で入所施設には計約12万5700人の障害者が暮らしている。10年前には約13万6700人だったので、少しずつ減ってはいるが、重要課題という割に10年で1万1000人というのは少なすぎる。

 入所施設が減らない日本の現状を国連は…

この記事は有料記事です。

残り2250文字(全文3546文字)

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさしい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問(非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員なども。著書に「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』」「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規)、「スローコミュニケーション」(スローコミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。