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医師が診療所の一角に「ジム」をオープンした理由

中澤まゆみ・ノンフィクションライター
診療所の一角にオープンしたジムは交流の場にもなっている=花戸さん提供
診療所の一角にオープンしたジムは交流の場にもなっている=花戸さん提供

 インフルエンザの流行に加え、12月に入ってからは、新型コロナウイルスの感染状況も増加傾向。まだまだ油断はできません。この3年半のコロナ禍で大きく注目されたのが「フレイル(虚弱)」でした。感染予防のため、多くの高齢者が外出を控え、人とのかかわりの少ない生活を続けた結果、心と体が衰えるフレイルの状態が大きく進んでしまったのです。

 そんな状況下の2021年6月、診療所の一角に自費でフィットネスジムをオープンした医師がいます。医療や介護の専門職ばかりではなく、地域の住民たちも巻き込んで、「在宅での看取(みと)りが5割」という地域をつくりあげた滋賀県東近江市の花戸貴司さん(53)。「地域まるごとケア」を全国に発信しています。23年5月には同じく自費を投入し、レストランもオープンしました。なぜ花戸さんは、フィットネスジムやレストランを始めたのでしょうか。

新型コロナで分断された医療・介護と地域

 花戸さんが所長をつとめる「永源寺診療所」は、市営の診療所です。もともとは、老朽化した診療所を建て替える計画で、フィットネスジムやレストランの構想はありませんでした。しかし、コロナ禍で外に出られない、人に会えない生活が続く高齢者の心身が衰えていくのを目の当たりにして、「地域の人にとって大切なこと、自分がやらなければならないことを考えた」と花戸さんは語ります。

 「医療機関にとっては、発熱外来やワクチン接種も大切です。でも、“感染対策”という言葉のもとに、医療・介護・患者さんと家族、地域がバラバラに分断され、孤独になっていった。そうした中で地域の人にとっては感染対策と同じくらい、活動や交流が続けられる『居場所』や、そこでの『役割』が必要だということを、あらためて強く感じさせられました」

 診療所が新しくなれば、医療施設としては充実する。しかし、それだけでいいのか。思いついたのが、診療所のリハビリスペースに置いてあるトレーニングマシンを利用し、人が元気になる「居場所」をつくることでした。

 「マシンは、診察やリハビリに来た患者さんに、健康づくりの一環として使ってもらっていましたが、医療機関のルールで外来を利用しない一般の人は利用できませんでした。でも、診療所の建て替えを機会にフィットネスジムを別につくれば、地域の人たちが元気になるための場をつくることができる。そこでまず、診療所を建てながら駐車場の一部にフィットネスジムをつくり、診療所ができたら、おいしいものが食べられるところをつくろうと考えたんです」

 健康づくりから病気の治療、そして在宅医療まで、地域の人たちが安心して暮らし続けられる地域を目指してきた花戸さんは、目の前の病気を治す「医療」だけでは足りない部分があると、ずっと感じていたといいます。

 「健康な生活とは、病気にならないことだけではなく、自分らしく、楽しく生きられることなんじゃないかとコロナ禍で改めて思いました。『ここに来れば誰かとつながることができる』と、子どもからお年寄りまでが楽しく集い、活動できる居場所を提供することが、地域をまるごと支えることにつながるんじゃないかと思ったんです」

ここに来れば、誰かと話せる

 フィットネスジムの利用料は1回330円で時間制限なし。入会金もありません。診療所に診察やリハビリを受けに来た人には無料チケットを渡しています。マシンは有酸素バイク、トレーニングマシンとパワープレートなど。スポーツトレーナーによる毎朝の運動教室に加え、別途料金でパーソナルトレーニングも行っています。

 平日の午前中は「フレイル予防」を目的とした「運動教室」をやっているため高齢者が多く、午後からは主婦、夜の時間や休日は、若い人や会社帰りの人が利用しています。最近は、永源寺地域以外からの利用者も増えてきました。

 「ジムでは90歳の人でもがんがん歩いています。1人で運動するのもいいんですが、みんなと一緒にやるというのが、健康づくりでは大切です。

 あとは診療所から帰るときに、『ああ、なんか運動してはるわ』と、運動している人を見ているだけでも健康になるんです(笑い)。

 孤食とか孤独とか、“孤”というのが健康によくない。元気がなくなる大きな原因だと思います」

 一人暮らしの高齢者でも、ここに来れば誰かと話せる――。ジムはそんな場所にもなりつつあります。2年前、引っ越してきた80代の…

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ノンフィクションライター

なかざわ・まゆみ 1949年長野県生まれ。雑誌編集者を経てライターに。人物インタビュー、ルポルタージュを書くかたわら、アジア、アフリカ、アメリカに取材。「ユリ―日系二世 NYハーレムに生きる」(文芸春秋)などを出版。その後、自らの介護体験を契機に医療・介護・福祉・高齢者問題にテーマを移す。全国で講演活動を続けるほか、東京都世田谷区でシンポジウムや講座を開催。住民を含めた多職種連携のケアコミュニティ「せたカフェ」主宰。近著に『おひとりさまでも最期まで在宅』『人生100年時代の医療・介護サバイバル』(いずれも築地書館)、共著『認知症に備える』(自由国民社)など。