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岩盤を壊す~障害者虐待に挑んだ弁護士

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
障害者虐待の現場となったサン・グループの工場跡=滋賀県東近江市で2012年10月24日、長谷川直亮撮影
障害者虐待の現場となったサン・グループの工場跡=滋賀県東近江市で2012年10月24日、長谷川直亮撮影

 世の中の常識は簡単には変わらない。理不尽な常識を覆す闘いがあったことも時が過ぎれば忘れてしまう。

 障害者を虐待した支援者が刑事責任を問われる事件は毎年起きているが、少し前までは被害が表に出ることすらなかった。障害者は福祉で守られるべき存在、支援者がひどいことをやるはずがない……。根拠のない常識がはびこっていた。

 だから、常識は絶えず疑わなければならない。闘いの歴史も忘れてはならない。目の前の風景が穏やかに見えたとしても、暗黒の岩盤に覆われて悲鳴が聞こえないだけかもしれないのだ。

無視された虐待

 知的障害者を約30人雇用していた茨城県水戸市の段ボール加工会社での虐待が発覚したのは1996年のことだ。50代の社長は補助金の不正受給で起訴されたが、被害の核心は性的暴力によるものだった。公的助成金で建てた従業員寮で性的虐待を繰り返していた社長に対し、被害者側の弁護士たちが20件近くの被害について告訴した。ところが、障害者の証言能力を懐疑的に見た捜査当局は一件も起訴しなかった。

 寮を逃げ出した女性の一人は警察や労働基準監督署や福祉事務所に足を運んだが、どこでも相手にされなかった。弁護士たちは岩盤をこじ開けようと記者会見を何度も開いた。地元の新聞やテレビの記者たちは被害者の写真を撮り、資料を持ち帰ったが、記事にはしなかった。

 「マスコミはいったいどうなっているんだ」。弁護団を率いていた副島洋明弁護士(故人)から電話がかかってきたのは同年夏だった。捜査当局が立件しなければ、メディアが自らの責任で報道することになる。加害者側から名誉毀損(きそん)で訴えられることを恐れて報道できなかったのである。弁護士は旧知の間柄だった私に愚痴をこぼしたつもりだったのかもしれない。

 ちょうど薬害エイズ事件の取材に私は追われていた。ようやく後輩記者たちを伴って現場に入ったのは季節が変わったころだった。弁護士による被害者の聞き取りに同席し、関係者の証言を集めて回った。「つらかったよなあ」。暴行されたことを初めて話す少女と一緒に副島弁護士は泣いた。記憶をゆがめかねない感情移入は証拠の価値を下げるとされているが、忌まわしい被害を忘れなければ生きていけない少女の心を開くことは容易ではない。「徹底して寄り添い信頼してもらわなければ」と弁護士は意に介さなかった。

 「平和で豊かな日本には、冷酷なもう一つの顔がある……」。水戸市の虐待事件を毎日新聞が報道したのは96年12月23日。社内には異論もあったが、報道に踏み切ったことで全国から電話やファクスや手紙が押し寄せた。ひどい被害を受けながら泣き寝入りをしている障害者は各地にいた。弁護団や支援組織にも賛同者が続々と集まり、勢いは増した。

 ところが、社長の1審判決の日、有罪とはいえ執行猶予が付いたことで被害者らは怒りを爆発させ、裁判所構内で社長の車を取り囲む騒ぎとなった。機動隊が動員されて支援者3人が逮捕される事態となった。それがきっかけで弁護団も支援組織も分裂し、闘いは挫折することになる。

障害者虐待防止法の源流

 同じころに滋賀県で発覚した「サン・グループ事件」という雇用の場の虐待は弁護団と被害者・支援者の連携が機能し、国と県を提訴した損害賠償請求訴訟で全面的な勝訴判決を勝ち取った。

 それに比べると水戸事件は無残だった。支援者3人が逮捕される騒ぎの渦中、私は地元支局の若い記者に「あなたたちが無責任な記事を書くからこんな騒ぎになった」と詰め寄られた。後輩の罵声を浴びて足元が崩れ落ちるのを感じながら、締め切りに間に合うよう「真の被害者は障害のある人々だ。事件の本質を見失ってはならない」という記事を書いた。

 みじめな敗北である。これが当時の常識だった。

 ところが、司法試験に合格して修習生だった弁護士の卵たちが新聞記事を読んで正義感に駆られていたことは後になって知った。

 性虐待の刑事訴追は見送られたが、その後、社長に損害賠償を求める民事訴訟が提起され、晴れて弁護士となった元司法修習生たちが何人も弁護団に合流した。

 民事訴訟の争点は知的障害者の記憶力や証言能力だった。本人の記憶力よりも警察官らの尋問の仕方によって間違った証言を引き出してしまう要素が強いことを若い弁護士たちは訴えた。裁判官は…

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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさしい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問(非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員なども。著書に「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』」「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規)、「スローコミュニケーション」(スローコミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。