「失敗した自分を許せない」「心身の不調は個人の問題。頑張るしかない」「人には優しくするけど自分には厳しくする」――。頑張り屋で完璧主義の人が身につけたいメンタルケアが、世界中で注目される「セルフ・コンパッション」です。関西学院大学文学部総合心理科学科教授の有光興記さんに、自分を大切にする心の習慣術を聞きました。
「神経症傾向」の高い日本人
――最近、ちょっとしたことで体調を崩しやすく、食事会や遠出が負担に感じられるようになってしまいました。コロナ禍のあいだに体力が衰え、老化が進んだのかなと思うと憂うつです。
中高年期は、老化現象や病気などにより、できないことが徐々に増えてきます。若々しくありたいと体力づくりやアンチエイジングに励んでも、限界を感じてしまう。自信を失い、不安を感じるのも無理はありません。
そこでぜひ知っておいていただきたいのが、アメリカの心理学者、クリスティーン・ネフ氏が提唱した「セルフ・コンパッション」です。日本語に訳すと「自分への慈しみ、思いやり」という意味で、あるがままの自分をやさしく受け入れ、不安や悲しみ、怒りを癒やす心のもちようを指します。
アメリカは勝ち負けが歴然としていて、勝者が大きなものを得る格差の大きな国です。依然として人種差別があり、世界中の戦争や紛争と関わっているうえ、テロも経験しています。不安定な社会情勢のなかで、人々は競争にさらされて生きてきましたが、常に勝者であり続けることはできません。それだけ心の傷を負う人も多いといえるでしょう。
だからこそネフ氏はたとえ失敗しても自分を受け入れて、大切な友人のように自分に接していたわるべきだ、と考えたのです。
――自分をいたわることは、サボりや甘えとは違うのですか。
単なる甘えとは違います。たとえば明らかにお酒を飲みすぎているとき、隣に親友がいたら黙って見過ごしたりせず「今日はそのへんにしておきなよ。もっと体を大事にしようよ」と声をかけてくれるはず。
それと同じで、自ら自分の伴走者となり、優しく励ましながらよりよい自分を引き出していくのがセルフ・コンパッションなのです。
日本の中高年世代は、「自分を犠牲にしてでも競争に打ち勝ち、繁栄する」という旧来の価値観のもと頑張ってこられた。何事につけ仕事や他人を優先して考え、自分を大切にする発想をもたない人も多いのではないでしょうか。
いわゆる仕事人間、完璧主義になりやすい背景には、日本人独特の性格特性もありますね。日本人には「神経症傾向」と呼ばれるパーソナリティーをもつ人が多いことがわかっています。
神経症傾向とは、不安や恐怖、怒りといったネガティブな感情を経験しやすい性格特性のことです。神経症傾向の高い人は否定的な評価を恐れるあまり、厳しく自己批判して緻密な仕事をしようとする面があります。しかし、完璧を目指せば目指すほど達成できずに挫折感を味わうことになる。気分も落ち込みやすくなります。
――「上司に言われた以上の仕上がりを目指さなければ」「お客様の期待を超えるおもてなしをしなければ」など、仕事で暗黙のプレッシャーを抱える人は多い気がします。日本人の勤勉さの根源には、他人の目に対する意識があるのですね。
セルフ・コンパッションでぐるぐる思考を止める
――ネガティブな感情にとらわれないためにはどうすればいいのでしょうか。ネガティブな感情は排除しなければ、と思うかもしれませんが、押し殺していると、かえって気持ちが切り替えられず、不安感や恐怖感、怒りが蓄積されてしまう。当然ストレスもたまります。
そもそも怒りや不安、恐怖は、ストレス反応をつかさどる脳のへんとう体の働きによって自動的に起こる感情です。天敵と遭遇したとき、哺乳類や爬虫(はちゅう)類などは「逃げるか」「戦うか」のどちらかを選択します。
戦えそうであれば、怒りの感情を爆発させて立ち向かうし、そうでなければ恐怖に駆られて逃走する。いずれも命を守るため必要不可欠な感情といえるでしょう。セルフ・コンパッションでは排除したり押さえつけたりせず、感情をありのままに受け入れます。
――ネガティブな感情そのものが悪いわけではない、と。
そうです。…
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