太平洋戦争を直接知る人々は少数派となり、子どものころ空襲を体験した父母を持つ私のような世代も高齢者の側に入りつつある。世界はすごい勢いで変わり、昨日のことはあっという間に忘却のかなたに消えていく。膨大な情報が24時間休む間もなく駆け回る時代ではあるが、それでも語り継がねばならないことがある。
淡谷のり子さんの言葉
NHKの連続テレビ小説「ブギウギ」は歌手の笠置シヅ子をモデルに、戦中戦後の日本の歌謡界をにぎわせた人々が登場する。菊地凛子さんが演じる茨田りつ子は「ブルースの女王」と呼ばれた淡谷のり子がモデルだ。りつ子が慰問先で出会った特攻隊員のことを語るシーンは視聴者に強い印象を与えたのだろう。ネットでも話題になっている。
りつ子の歌を聞いた若い特攻隊員たちは、これで思い残すことなく死んでいけると晴れ晴れした顔で出撃していったという。自分の歌が死に赴く若者たちの背中を押したのではないかとりつ子は苦悶するのである。
再放送でその場面を見て、私は思わず自分の書いた古い新聞記事のスクラップを探した。生前の淡谷さんを取材したとき、同じ話を直接本人から聞いたからだ。
取るに足らないことでも一度ネットで流れるとどこまでも広がってなかなか消えないが、新聞記事は購読する読者にしか届かない。しかも半日か1日後には古新聞の袋に入れられる。どんなに大事なことでも、丹精を込めて取材した記事でも世に出回るのはほんの一瞬でしかない。
新聞というメディアの宿命と言ってしまえばそれまでだが、今を生きる若い世代に何とかして伝え残したいと思った。黄ばんだ新聞記事を読み返していると胃袋の底が熱くなるのを感じた。
「雨のブルース」と特攻隊
東京都大田区にある淡谷のり子さんの自宅を取材で何度か訪ねたのは1994年、ちょうど30年前の春だった。当時、毎日新聞の社会面(東京本社版)では「うたものがたり」というシリーズがあり、淡谷さんの「雨のブルース」にまつわる話を5回連載で書いた。
そのころ淡谷さんは86歳。歌手を引退してからバラエティー番組での毒舌が人気だったが、それも一段落して穏やかな晩年を迎えていた。テレビでのこわもてのキャラクターとは違う、小さな仏さまのような笑顔を今も鮮明におぼえている。
淡谷家のルーツは青森にある。江戸時代、阿波の豪商の船が難破して津軽に漂着したといい、末裔(まつえい)は淡谷(阿波屋)を名乗って呉服問屋として栄えた。ところが、放蕩(ほうとう)者の当主(淡谷さんの父)によって家は傾いた。
関東大震災の年、幼かった淡谷さんと妹は母に手を引かれ、故郷を後にした。3年は暮らせる大金を持って上京したが、都会の生活で半年持たずに使い果たした。いっそ死のうかと悩んでいた時、音楽学校に通っていた淡谷さんはモデルの仕事を見つける。全裸でポーズを取れと言われ、最初は気を失ったが、それもすぐに慣れた。母の着物を質に入れ、着物がなくなると銭湯へも行けない暮らしだった。傘が買えないため土砂降りの雨に打たれて歩いていると、見かねた質屋のおやじが小銭をくれた。
生きるためには必死になって何でもやった。そうしなければ生きることができなかった。
ごんぼほりの涙
戦争の影が忍び寄る時代は抑圧的な暗いイメージで語られることが多いが、昭和恐慌を脱した後は円安による輸出が好調で街は活気があった。昭和歌謡が一気に花開いたのはこの時期だ。
淡谷さんは1929年にプロ歌手になった。クラシックからジャズ、ポピュラーへと歌う曲が変わり、金回りも良くなった。奔放な恋に走り、舶来の香水を集めた。黒いロングドレスと派手な化粧が昭和初期の庶民を熱狂させた。NHKの連続テレビ小説「ブギウギ」は当時の明るく開放的な世相を描いている。
ただ、戦況が悪くなるにつれ、国家総動員法(1938年)の下であらゆるものが戦争の泥沼に引きずり込まれていった。派手な衣装の淡谷さんは特高警察から目を付けられた。反抗的な態度を見せ、軍刀を突き付けられたことがある。
「このドレスが私の軍服です」
「殺すぞ」
「私を殺して戦争に勝てるならどうぞ」
父親譲りの「ごんぼほり」(青森弁で強情者)の性格もさることながら、庶民から絶大な人気を得ていた昭和歌謡の勢いもあってのことだろう。
特高警察の脅しにもひるまなかった「ごんぼほり」が一度だけ客の前で泣いたことがある。…
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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさしい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問(非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員なども。著書に「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』」「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規)、「スローコミュニケーション」(スローコミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。





