最期まで私らしく~知っておきたい 在宅の医療・ケア~ フォロー

「来春の桜を見るのは難しい」在宅医の言葉に、末期がん女性の夫が見せた驚きの反応とは

中澤まゆみ・ノンフィクションライター
 
 

「私たちのことを私たち抜きで決めないで」

 2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」の合言葉です。この「本人を真ん中に」という考え方は、認知症の分野でも共有されるようになりました。

 自分自身が望む医療やケアをあらかじめ考え、家族や医師らと共有する取り組みを「アドバンス・ケア・プラニング(ACP)」と言います。厚生労働省はACPを「人生会議」と呼び、普及に取り組んでいます。病気やケガなどで命の危機に陥ったとき、約7割の人が医療やケアについて自分で決めたり、望みを伝えたりすることが難しくなるという背景があるからです。

 日本医師会も、専門職向けの研修会や市民向けの講座を全国各地で開いています。鎌倉市で外来と訪問診療を手がける「湘南おおふなクリニック」の長谷川太郎医師も、市民向けの講演会を開いています。ACPの原則は「本人を抜きにしない」ということです。しかし、「実際の医療の現場では、そうなっていないことが多い」と長谷川さんはいいます。ACPを進めることは、なぜ難しいのでしょうか。

ACP「知らない」7割

 人生の最期を考える「終活」や、身辺整理をする「断捨離」という言葉はおなじみになりました。しかし、人生の最終段階の医療やケアを事前に話し合うACPは、まだまだ知られていません。厚労省による22年度の調査では、国民の72.1%が「知らない」と回答。医師の4人に1人、看護師の5人に1人も「知らない」と答えました。

 高齢者の終末期医療に携わる医師を対象に医療の専門サイトが行った調査では、ACPについて「自分から患者や家族に提案している」「相談を受けたら関与する」との回答が7割に上りました。しかし、医療の現場からは「患者の本音が引き出せない」、患者や家族からは「『決めるのはあなたです』と言われても答えられない」という声を聞くことが多いのが現状です。

 ACPが医療者主導になっていることに、疑問を抱く人も少なくありません。長谷川さんもその一人です。

 「ACPは信頼できる・大切にしている人たちと繰り返し語り合いながら、自分はこんな形で生きて、最期はこういうふうに逝きたいということを話し合うもの。そのことが大切なのに、医療者は医療を継続するかどうか、病院か在宅かといった終末期医療の選択を求めがちです。しかも、医療者と本人・家族は対等の関係がないことが多いので、その人の本音がなかなか出てきません」

閉ざされてしまった心の扉

 医療者と本人や家族との信頼関係が築けなかった「典型的なケース」として、長谷川さんが話してくれたのは、80代の女性のがん患者の事例でした。入院していた東京の大学病院から「もう積極的な治療はできない」と言われて地元の病院に転院し、本人が「最期は自宅で」と在宅を選んだため、長谷川さんが紹介されました。

 「11月にご自宅に初めて伺ったとき、ご本人はもう話すのが困難で、あと数日もつかどうかという状態でした。

 旦那さんが『妻はお花見を楽しみにしています』とおっしゃるので、ちゃんと話しておいたほうがいいと思い、『桜を見るのは難しいと思います』と告げると、『えっ!』と仰天されました。大学病院でも地元の病院でも病状や予後は何度も聞かされていたと思うのですが、旦那さんは受け入れられていなかったと思います」

 翌日、訪問看護師が血圧を測ると80mmHgすれすれになっていました。長谷川さんが電話で危篤状態に近いことを告げると、興奮した夫は「輸血してほしい」と言いつのりました。「もしかしたら今夜が最期かも」と説得しても、「このまま何もしないのは納得できない」というので往診し、本人の病気の状態および今後の見込みについて説明しましたが聞き入れません。

 治る見込みがないのに、それを理解しようとしない夫がダメなんじゃないか、という意見もあるでしょう。しかし、長谷川さんは「旦那さんは、とにかく奥さんが亡くなることを受け入れ難かった」と振り返ります。女性は自宅に戻って3日で亡くなりました。

 「僕も反省しました。最初に訪問したとき、悪い知らせを伝えるための環境整備が不十分だったんですね。受け入れる準備ができていない旦那さんに、悪い予後の説明をしたので拒絶されてしまいました。医学的な説明を押し付けてしまい、心の扉を開けることができなかったので、そのあといくらガチャガチャやっても扉が開かなかった。本人を中心にした話ができる環境をちゃんと整え、本人と家族が少しずつ状況を理解して準備できるような、医療側の丁寧な対応が必要だと思いました」

健康なときから話し合おう

 ACPは大切な人たちと「繰り返し話す」ことによって、自分自身の思いを伝えていくことです。健康なときから話し合うことが大切ですが、元気な人がまだかかっていない病気の治療やケアについて、想像力を働かせることはなかなかできません。

 「僕自身もそうですが、人が衰えて亡くなっていくということを、皆さんはあまりわかっていない。わかっているけど、避けているかもしれない。だから、いつか自分も自分の家族も衰えていくということを前提に話し合っていくのが、ACPの基本だと思います。そして、衰えていく中で、自分はこういうことをしたい、こういう生活をしたいといったことを、そのときどき少しずつ話し合っていけばいい。

 最近、訪問診療先のご家族によく話すのは『言葉に出さないと伝わらない』ということです。自分の今後について、いまは元気だからちゃんとお互い話をして、と」

心の扉を開いてもらうために

 患者宅に初めて訪れたとき、最初のステップとして長谷川さんは、「本…

この記事は有料記事です。

残り2255文字(全文4576文字)

ノンフィクションライター

なかざわ・まゆみ 1949年長野県生まれ。雑誌編集者を経てライターに。人物インタビュー、ルポルタージュを書くかたわら、アジア、アフリカ、アメリカに取材。「ユリ―日系二世 NYハーレムに生きる」(文芸春秋)などを出版。その後、自らの介護体験を契機に医療・介護・福祉・高齢者問題にテーマを移す。全国で講演活動を続けるほか、東京都世田谷区でシンポジウムや講座を開催。住民を含めた多職種連携のケアコミュニティ「せたカフェ」主宰。近著に『おひとりさまでも最期まで在宅』『人生100年時代の医療・介護サバイバル』(いずれも築地書館)、共著『認知症に備える』(自由国民社)など。