裁判官や中央官僚が個人的な意見をネット交流サイト(SNS)で投稿するのを見ることがある。生活雑感のようなものから政治的な問題に言及するものまで内容はさまざまだ。実名での投稿だけでなく、匿名による投稿も多いに違いない。物議をかもすような書き込みを見ると、ふだん言いたいことを言えないストレスをSNSで発散させているような気がしてくる。
公的な立場への信頼を揺るがすことを危惧する声はある。公務で知り得たことを個人的に発信することへの異論もある。しかし、誰もが自由にネットへ投稿できる時代である。ブレーキをかけ、規制をしようとしてもおのずと限界がある。どうすれば自由で健全な言論空間を作ることができるかを考えるべきである。
罷免された裁判官
今月、国会の弾劾裁判所はSNSの投稿をめぐって仙台高裁の岡口基一判事を「罷免」とする判決を下した。岡口氏は裁判官を解任され、退職金を得られないだけでなく、法曹資格を失ったことで弁護士に就くこともできなくなった。
憲法は「裁判官の独立」を保障しているが、裁判官としてふさわしくない行為や職務上の義務に違反した場合、国会に設置された弾劾裁判所に訴追される。裁判官弾劾法は、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があった場合に罷免されると定められている。「罷免」は裁判官として死刑判決にも等しい措置で、岡口氏以前に罷免されたのは7人しかいない。
岡口氏の罷免の直接の理由は、東京都で起きた女子高生殺人事件についての17年のTwitter(現X)への投稿だ。同事件の判決文のURLと共に「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」「そんな男に無惨にも殺されてしまった17歳の女性」と書き込んだというものだ。
弾劾裁判所の船田元裁判長(衆院議員)は「投稿は執拗(しつよう)かつ反復しており、国民の信託に背いた」と罷免の理由を述べた。
一方、岡口氏の弁護団は「差別的な発言や虚偽を流布するというSNSの危うさが影響したケースではない。『SNSを使っているから悪いよね』という感情、感覚に基づいた極めて乱暴な判決だ」と批判した。
SNSへの投稿では、プロレスラーの木村花さんが出演したテレビ番組での発言について匿名での誹謗(ひぼう)中傷が殺到し、木村さんが自ら命を絶った事件が記憶に新しい。「消えろ」「死ね」など攻撃的な言葉で追いつめたことが問題となり、関係法の改正につながった。
それに比べれば岡口氏の投稿は弁護団の主張するように差別的な発言や虚偽の流布とまでは言えないだろう。ただ、女子高生殺人事件に関する投稿については複雑な経緯があり、弾劾裁判所は過去の出来事についても考慮したうえで厳しい判決を下したように思える。
岡口氏は17年の投稿の後も、遺族を誹謗する投稿を行ったことから、遺族は仙台高裁に文書で抗議し、裁判官訴追委員会にも裁判官弾劾裁判所への訴追を求める請求を行った。さらに、遺族は精神的苦痛を受けたとして東京地方裁判所へ岡口氏を提訴していた。
23年1月27日、同地裁は不適切とされた岡口氏の投稿の一つを「不法行為」と認定し、遺族へ44万円の賠償金の支払いを命じる判決を下した。
また、これらとは別に、岡口氏は拾われた犬の所有権をめぐる別の裁判でも飼い主を中傷する投稿を行い、最高裁の分限裁判で懲戒処分(戒告)を受けている。この件はインターネットへの投稿を理由として裁判官が懲戒を受ける初の事例となった。
過激な投稿、増えるフォロワー
岡口氏は法律専門書の著作者としては法曹関係者の間では名が知られていた。著書の「要件事実マニュアル」シリーズは実務家や司法試験・司法書士試験受験生の間で人気があり、法律専門書としては異例の売り上げを記録しているという。
08年ごろから法律情報を伝える目的でツイッターを始め、8年間に4万件のツイートをし、フォロワーは約4万人に上ったという。内容は別としても不特定多数の読者の関心を引く文章表現にたけていた一面がうかがえる。
ただ、「面白いと思われる投稿をしたい」と下着姿の…
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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさしい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問(非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員なども。著書に「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』」「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規)、「スローコミュニケーション」(スローコミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。




