長年、在宅医療を専門にやってきて、数多くの患者さんの最期に立ち会ってきました。なかには、あまり深く考えておらず、「その日」を前にしてあわててしまう方も少なからずおられました。人はいずれ亡くなるのが宿命ですが、体が元気なうちは現実味がないのも確かかと思われます。それでは希望に添った、豊かな最期の時を迎えるため、いつごろから考え始め、どんな対策をすればいいのでしょうか――。寿命や死因、家庭環境など、各種データをひもといていくと、実は男性と女性で大きな違いがあるのです。
延び続ける寿命
みなさん、自分と同じ年齢の方が5年後に生きている確率をご存じですか? 多くの方はあまり考えたこともないのではないかと思います。
では、どんな統計を見ればご自身の年齢の方が5年間生きられる確率が分かるのでしょうか。まずは、私たちの寿命がどのように変化してきたのかをみながら、その答えを調べてみたいと思います。
国は、「生命表」なるものを作成して発表しています。これには、推計人口や人口動態調査(何人死んで、何人生まれたのか、という調査)の概数を基に毎年作られる「簡易生命表」と、5年に1度、国勢調査と人口動態調査の確定数を基に作られる「完全生命表」の2種類があります。
これらは総務省が運営している国の統計のページ、e-Statから容易に入手できます。このページのキーワード検索に「生命表」と入力すると最新のデータにアクセスできます。
日本で完全生命表が初めて作られたのは1891~1898年のものです。そして最新版は2020年です。図は、1891~1898年、1947年、1950~1952年、2020年の完全生命表にあるデータを基にそれぞれグラフ化して、1枚にまとめました。縦軸は生存数(10万人の出生者が何歳まで生き残るかを示した人数)、横軸は年齢を表します。グラフの形が急激に下がっている年齢の箇所は、それだけ1年間に亡くなる方が多いことを表しています。
初回の1891~1898年で、最も人が死にやすい年齢は0歳でした。この時代には、その後も毎年かなりの数の子どもが亡くなっています。当時、10万人生まれて、10歳になれるのは、約7万5000人。つまり、生まれた子どものうち4人に1人は10歳までに亡くなっていたのです。これが急激に改善するのが1947〜50年にかけてです。このたった3年間で日本人の寿命は9歳も延びています。今の75歳前後の方たちが生まれた時代です。このことが日本に団塊の世代を生み出しました。実は、団塊の世代の方たちはたくさん生まれただけではなく、子どもの頃死ななかった初めての世代とも言えるのです。
その後も日本人の寿命は延び続け、生存数のグラフの急激に下がる年齢はどんどん高くなっていきました。そして、今や老年に至るまで人は死ななくなりました。2020年、10万人生まれて60歳になれる子どもの数は、男性9万3263人、女性9万6177人です。そして、老年期にさしかかった途端に、崖のように急激に人は死に直面するのです。
男性70歳、女性80歳で準備を
さて、この崖にさしかかった老年期、私たちは5年後まで、どれぐらいの確率で生き残れるでしょうか。これが分かればいつから準備を始めるべきかが分かります。
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みその生活支援クリニック院長
おのざわ・しげる 1963年相模原市生まれ。90年東京慈恵会医科大学医学部卒業。在宅医療をライフワークにしようと、同年から亀田総合病院(千葉県鴨川市)に在籍し、99年同病院の地域医療支援部長に就任。22年間、同病院で在宅医療を中心に緩和医療や高齢者医療に携わってきた。2012年に北里大学病院患者支援センター部副部長を経て、13年に同トータルサポートセンター長に就任。同病院の入院患者に対して、退院から在宅医療へスムーズに移行できるよう支援してきた。16年相模原市内で在宅医療専門の「みその生活支援クリニック」を開設。亀田総合病院在宅医療部顧問。日本在宅医学会認定専門医。プライマリケア連合学会認定医、日本緩和医療学会暫定指導医。日本在宅医学会前理事。日本医療社会福祉協会理事。一般法人社団エンドライフケア協会理事。相模原町田医療介護圏インフラ整備コンソーシアム代表。




