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糖質摂取はゼロでよい! 「頭を使ったから、脳のために糖分補給!」は迷信

山田悟・北里大学北里研究所病院院長補佐、糖尿病センター長
 
 

 年度末が迫り、仕事がとりわけ忙しくなる時期ではないでしょうか。また、大学入試もピークを迎えています。忙しい人にとって、体調管理、とくに栄養補給が大切です。

 近年、幅広い世代の方がこんな話をしているのを耳にします。

 「(仕事や勉強で)頭を使うから、糖分補給!」

 とりわけブドウ糖の摂取に注目が集まり、この時期になるとラムネやブドウ糖入りゼリー飲料などの広告が目立ちます。

 糖質の摂取は、脳のために必要なのでしょうか。ゆるやかな糖質制限「ロカボ」を提唱する糖尿病専門医の山田悟医師に詳しく伺うと、驚きの答えが返ってきました。【聞き手・倉岡一樹】

脳にブドウ糖を送り込むシステムは多彩

 「勉強や仕事で頭を使って疲れたから、糖分補給をしなきゃ」と甘いものを食べたり飲んだりする方が少なからずいらっしゃいます。

 結論から申し上げると、その必要は皆無です。ナンセンスもいいところです。

 脳がブドウ糖を使う度に低血糖を起こしていたら、人類は何百万年という飢餓の時代で絶滅してしまい、生き残れているはずがないからです。

 「脳のために糖質をとるべし」との言説は、体内で糖質ばかりをエネルギー源として利用したがる臓器と細胞が二つあることに依拠しているものと思われます。

 まず一つ目に、赤血球です。ミトコンドリアがなく、脂質を全く燃やせないため、解糖系(ブドウ糖をエネルギーに変える)でやっていくほかありません。

 そして、もう一つが脳神経系です。ミトコンドリアがあり、本来は脂質を燃やせるのですが、「血液脳関門」という障壁があるため血液から脳の中に脂質が入らない仕組みになっています。それゆえ、脳細胞は原則的にブドウ糖をエネルギーとして利用しています。

 この赤血球と脳細胞が使う1日当たりのブドウ糖の量が約130gで、体格や性別にかかわらず同程度とされています。これは「大人である限りは、糖質量130gまでならインスリンの分泌を求めることなく処理できる」ことを意味しています。

 これだけを聞くと、「脳と赤血球以外の細胞もブドウ糖をエネルギーとして用いるのだから、多めの糖質摂取が必要ではないか」と考えてもおかしくはありません。実際、糖質制限に懐疑的な方は「たんぱく質や脂質をしっかり摂取していても、糖質を抑えた食事を続けると体内のブドウ糖が不足して脳に届かなくなるなど体にダメージを与えるのでは?」とよくおっしゃいます。

 しかし、それは杞憂(きゆう)です。人間の体は脳にブドウ糖を送り込むシステムを多く持っているのです。

 血糖値を下げるホルモンがインスリンだけであるのに対し、血糖値を上げたり維持したりするホルモンは4、5種類あります。グルカゴン▽ステロイド▽カテコラミン▽成長ホルモン▽甲状腺ホルモン――などです。

 脳は通常の場合、昼夜を問わず、活動時も休息時もブドウ糖をエネルギーとして利用します。体重の2%ほどの重さしかありませんが、人間のエネルギー消費量(基礎代謝量)の約20%を占めます。血糖値が下がると脳が動かなくなりますから、上げるシステムがたくさん備わっているというわけです。それゆえ、血糖値を維持できないとか、脳に影響が出るなどということはあり得ません。

糖質の必要摂取量は……ゼロ?!

 しかも、糖質を代謝する肝臓が、血糖値が下がりすぎないよう、たんぱく質の代謝物であるアミノ酸や脂質の代謝物であるグリセロール、そして筋肉の解糖系で生じた乳酸などを分解して、常に新たなブドウ糖をつくり出しています。

 これを「糖新生」といいます。

 先に申し上げたように、ブドウ糖を優先的に使う脳と赤血球は、1日に約130gのブドウ糖を消費しますが、肝臓は糖新生で1日に約150gのブドウ糖を生成しています。

 つまり、食べ物で糖質を全く摂取しなくとも、脳と赤血球に十分なブドウ糖を供給することができます。糖尿病の人は糖新生のスピードが上がっていて、1日に250gほど産生しています。その結果、夜中に何も食べていないのに翌朝の血糖値が上がっている場合があります。

 医学誌「ヨーロピアン・ジャーナル・オブ・クリニカル・ニュートリション」で、1999年に「赤血球と脳細胞が使うブドウ糖量として1日に最低150gの糖質を摂取すべきだ」と勧告した「国際的栄養勧告作成グループ」がありました。

 ただ、「これ(150g)は恣意(しい)的に設定されたものであって、理論…

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北里大学北里研究所病院院長補佐、糖尿病センター長

1970年生まれ。94年慶応義塾大医学部卒業。同大内科学教室腎臓内分泌代謝研究室などを経て2002年に北里研究所病院へ転じ、07年から糖尿病センター長、24年から同院院長補佐を務める。我慢ばかりを強いるカロリー制限中心の食事療法で、向き合う糖尿病患者の生活の質が低下している現実と直面した。そんな中、食事をおいしく、おなかいっぱい楽しみながら血糖値を穏やかに保ち、肥満者の減量効果にも優れる、緩やかな糖質制限食と出合う。治療に積極的に取り入れるとともに、「ロカボ」と名付けて普及に努め、2013年に「食・楽・健康協会」を設立した。日本糖尿病学会糖尿病専門医。日本糖尿病学会指導医など。主な著書に「カロリー制限の大罪」「糖質制限の真実」「奇跡の美食レストラン」など。慶応義塾大医学部非常勤講師、北里大学薬学部非常勤講師、星薬科大学非常勤講師。