障害のある次男に対する殺人罪に問われた父親(78)の判決公判が3月12日に千葉地裁であった。「十分な福祉的支援を受けられず、被告だけを責めるのは酷だ」と裁判長は述べ、懲役3年、執行猶予5年を言い渡した。殺人罪では極めて軽い判決だ。
老いた親が障害のある子どもの将来を悲観したことで起きる事件は珍しくはない。しかし、地元の行政や福祉機関が長年にわたって家族の相談や支援に関わってきた末に起きたのが今回の悲劇だ。何度も父親はSOSを出していた。なぜ救えなかったのだろうか。
誰にも迷惑をかけたくない
判決によると、父親は2024年7月4日夜、千葉県長生村の自宅で重度の知的障害がある次男(当時44歳)の首をテレビのコードで絞めて殺した。次男の行動障害がひどくなり、事件当日もテレビを投げて暴れたことから「自分や妻が倒れれば面倒を見る人はいなくなる」と覚悟を固めたという。
それまで家族は神奈川県内で暮らしていた。次男は排せつの一部や入浴には介助が必要で、学齢期を過ぎたころからものを壊したり暴れたりするようになった。
長男にも知的障害があったが、21年に死亡している。福祉サービスを利用しながら、両親が自宅で障害のある2人の子どもの世話をしてきた。次男の介護は主に父親が担当していた。朝晩2回、次男をドライブに連れて行き、いろんな経験をさせたいと各地への旅行もした。
公園の管理事務所でパンフレットを持ってきてしまい、出入り禁止になったり、近所の薬局で商品をひっくり返し、レジの機械のコードを引き抜いたりしたことがあった。周囲に迷惑をかけたくないと小田原市周辺で転居を繰り返していた。
家族が世話をするのが難しくなった場合、受け皿として入所施設やグループホームがある。父親も次男のグループホーム体験入居、精神病院や入所施設の申し込みをしたが、いずれも利用には至らなかった。
長生村に転居したのは知り合いや福祉のつてがあったからではない。誰にも迷惑をかけたくなくて、人家や商店の少ない場所を地図で探してたどり着いたのだという。
福祉から見殺しにさ…
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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさしい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問(非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員なども。著書に「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』」「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規)、「スローコミュニケーション」(スローコミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。



