特集
毎日新聞戦中写真アーカイブ
毎日新聞特派員が戦時期に撮った写真6万点をデジタルアーカイブ化します。終戦80年に向け、幅広い世代と戦争について考えます。
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戦中写真を読む
/52止 ミライ世代へ つながるアーカイブ 「世代の記憶」ともに編む /東京
2025/8/26 02:00 -
戦中写真を読む
/51 ミライ世代へ 個としての戦争 多様な「普通の人」描く /東京
2025/8/19 02:00 -
戦中写真を読む
/50 ミライ世代へ 戦争特派員は見た 終戦の日、青空に号泣 /東京
2025/7/29 02:02 -
戦中写真を読む
/49 ミライ世代へ 動物たちがみた戦争 カラー化で新たな視点 /東京
2025/7/15 02:01 -
戦中写真を読む
/48 ミヤニ式反射望遠カメラ 「昭南」を写す 華人街、重油施設に関心 /東京
2025/7/8 02:01 -
戦中写真を読む
/47 ミヤニ式反射望遠カメラ 中国での軍事転用 対敵宣伝の効果を撮影 /東京
2025/7/1 02:05 -
戦中写真を読む
/46 ミヤニ式反射望遠カメラ 紀元2600年を撮る 空襲前の景勝地、鮮明に /東京
2025/6/17 02:00 -
戦中写真を読む
/45 ミヤニ式反射望遠カメラ 開発経緯 国産技術、京都で結実 /東京
2025/6/10 02:00
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戦中写真を読む
/52止 ミライ世代へ つながるアーカイブ 「世代の記憶」ともに編む /東京
2025/8/26 02:00 707文字横浜のニュースパーク(日本新聞博物館)で開催中の企画展「報道写真を読む」も31日までとなる。17日にはワークショップ「戦時中の絵本で自由研究 戦争と動物、戦争と子ども」が森岡伸枝・畿央大学准教授を講師に開かれ、小学生らが絵本20冊を手に取り、感想を新聞にまとめた。 企画展の背景には、東京大・京都大
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戦中写真を読む
/51 ミライ世代へ 個としての戦争 多様な「普通の人」描く /東京
2025/8/19 02:00 684文字横浜のニュースパーク(日本新聞博物館)で開催中の企画展「報道写真を読む」も終盤に入った。 7月27日に開催された「岩合光昭さんの語る『動物と平和』」では岩合さんが、毛皮供出のために途絶えかけた「山陰柴犬(しばいぬ)」や、ボスニア紛争後間もない街角で出会った猫などの写真を紹介し、平和の大切さを語った
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/50 ミライ世代へ 戦争特派員は見た 終戦の日、青空に号泣 /東京
2025/7/29 02:02 698文字ポツダム宣言受諾から間もなく80年。横浜のニュースパーク(日本新聞博物館)で開催中の企画展「報道写真を読む」では、終戦翌日の毎日新聞朝刊を展示している。 一面に皇居前、二面に焼け跡の写真がある。この2枚を撮影したのが、佐藤成夫(しげお)である。長崎県出身の佐藤は上海支局嘱託を経て1935年に大阪毎
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/49 ミライ世代へ 動物たちがみた戦争 カラー化で新たな視点 /東京
2025/7/15 02:01 688文字連載も終盤。横浜のニュースパーク(日本新聞博物館)で開催中の企画展「報道写真を読む」について、若い世代に伝えたい視点を見ていく。 子どもらの反応が大きいのは、AI(人工知能)によりカラー化された動物の姿である。馬、犬、ハト、ゾウなど戦争に駆り出された動物の大判写真10点を展示している。動物写真の背
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/48 ミヤニ式反射望遠カメラ 「昭南」を写す 華人街、重油施設に関心 /東京
2025/7/8 02:01 671文字1942年2月、シンガポール陥落後、「昭南」に改称された島の状況を把握するためにミヤニ式が投入された。ただ、残された写真は数点にすぎず、経緯は定かでない。 写真(上)は、日本軍政下の昭南で、ミヤニ式を使って華人街を撮影する様子を撮ったもの。 日本軍が華人の動向に敏感だったからだろうか。場所は、プラ
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/47 ミヤニ式反射望遠カメラ 中国での軍事転用 対敵宣伝の効果を撮影 /東京
2025/7/1 02:05 681文字毎日新聞大阪本社で昨年見つかったミヤニ式の写真から、この反射カメラが軍事転用されていたことがわかった。 最初に使用されたのは、1939年末、南昌市東方の棠渓(どうけい)戦線においてである。戦況を取材するために、開発されたばかりのミヤニ式が投入された。写真(上)は、松尾邦蔵特派員がミヤニ式で撮影する
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/46 ミヤニ式反射望遠カメラ 紀元2600年を撮る 空襲前の景勝地、鮮明に /東京
2025/6/17 02:00 652文字昨年、毎日新聞大阪本社にミヤニ式反射望遠カメラで撮った写真やネガが秘蔵されていることがわかった。 写真の多くは1940年の全国各地の様子を撮ったものである。米爆撃機B29による空襲で破壊される以前の日本の景観がそこにあった。 その年は、日本建国から2600年の節目にあたる「紀元2600年」とされ、
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/45 ミヤニ式反射望遠カメラ 開発経緯 国産技術、京都で結実 /東京
2025/6/10 02:00 689文字この連載が始まって1年あまりがたつ。この間、読者から貴重な情報が寄せられた。ミヤニ式反射望遠カメラによる写真も、そのひとつである。 京都市在住の宮澤家が所蔵する特殊写真との出会いは、毎日新聞社にとって、めぐりあわせというほかなかった。日中戦争下の1939年にミヤニ式の開発を依頼したのが、ほかならぬ
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/44 食の風景 馬糧 補給ない地で命落とす /東京
2025/6/3 02:00 694文字陸軍にとって、兵士の食糧費(兵糧費)とともに、軍馬の餌代である馬糧費の確保も重要だった。軍馬が摂取する大麦、干し草、藁(わら)の量は定められていたが、戦局の状況や戦闘地域によって相当に違いはあった。 しかも戦局の悪化により陸軍予算における馬糧費は削られていった。そこで1940年8月、東京市小石川区
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/43 食の風景 兵糧 慢性的に不足、収奪も /東京
2025/5/27 02:01 653文字平時の兵糧は、精米、精麦、乾パン、缶詰肉、食塩、粉末みそなどが支給され、副食はしばしば現地調達された。戦闘が起こると、携帯に便利な野戦食糧として缶詰、粉末の豆や発酵食品などが支給されることもあった。 「毎日戦中写真」でも、兵士への慰労イベントで、餅やたる酒を振る舞う写真が見られるが、それらは一時的
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