全盲記者がAIスーツケースを体験
最先端の科学技術が体験できる日本科学未来館(東京都江東区、浅川智恵子館長)は18日、視覚障害者を目的地まで誘導するナビロボット「AIスーツケース」の来館者向け館内体験プログラムを開始した。プログラムはAIスーツケースを使って常設展をガイドがいなくても自由に見学できる実証実験で、視覚障害の有無にかかわらず誰でも体験できる。
AIスーツケースは、自身も全盲者の浅川館長が客員教授を務める米カーネギーメロン大で2017年から開発が始まった。19年12月からは日本アイ・ビー・エムや清水建設などが一般社団法人「次世代移動支援技術開発コンソーシアム(現・AIスーツケースコンソーシアム」)を設立して開発を推進しており、現在は「未来館アクセシビリティラボ」が同コンソーシアムから技術協力を得ながら実証実験を行っている。
同館ではこれまで大型ショッピングモールや国際空港などで実証実験を重ねてきたが、一施設内の常設サービスとして実施されるのは世界で初めてという。17日のプレス向け体験会で普段白杖(はくじょう)を使って歩いている全盲記者もAIロボットによるナビでどの程度一人で歩けるものか試してみた。
市販のスーツケースにAI搭載
AIスーツケースは外観は文字通り市販のエース社製スーツケースで、一見旅行者がスーツケースを押して歩いているようにしか見えない。ユーザーは白杖を携帯しないからだ。現在の屋内用では本体重量は15キロ未満で、機内に持ち込める。スーツケースを開けると、中にはLidar(ライダー)センサーや映った物体を画像データに変換するデプスカメラ(深度センサー)、AIモーターや画像認識用コンピューターなどのテクノロジーがぎっしり詰まっている。これでは旅行に持っていきたい衣類や化粧品、書籍やお土産などはとても入らないだろう。
本体上面には振動端子のあるハンドルと円筒形のライダーがある。ライダーは360度の測距が可能な他、周囲の壁などの形状も認識する。また本体にはユーザーが目的地などを音声読み上げで設定できる専用アプリを搭載したiPhoneホルダーがある。なおAIスーツケースは現在、屋内使用が基本のため、雨天などへの防水対応にはなっておらず、GPS測位も使わない。
まるで生きているような動き
AIスーツケースの起動はハンドルの上面にあるスタートボタンを押すだけ。グリップを握ると静かに動き出す。ハンドルの下にはセンサーがあり、握ると動き、離すと止まる仕組みだ。移動中のスピード調節もボタンでできるほか、左右に曲がるときにはハンドルの両側にある小さな端子が振動して事前に方向を知らせる。曲がる角度が大きいほど振動が長いようだ。最大の特徴は周囲の歩行者や障害物を避けて前進すること。当日の体感では進行方向の数メートルほど先に人が近づくとAIスーツケースは即座に停止する。障害物との衝突事故にはかなり強力に感度設定されているらしく、ユーザー本人が少しでも前に出過ぎると突然停止するほどだった。
愉快なのはときどきルートを見失うのか、あるいは何か意図しない障害物を検知したのか、まるで生き物が考えているかのように立ち止まるところだ。
地球環境の問題が学べる5階の常設展示ゾーン「プラネタリー・クライシス」では触れる展示などを体験できる。壁面に貼られた木製の折れ線グラフと点字表示を触って左下から始まって20世紀に入って右上のカーブが急上昇しているのを確認できた。また各国の二酸化炭素排出量が網状の袋に入った木球の数で示されており、中国やアメリカに大量の鉄球が集中しており、カタールなどは鉄球1個という現状がアナログ展示されていた。
各展示ブースでの音声ガイドはネックスピーカーから聞こえる形だったが、耳をふさがないワイヤレスイヤホンやブルートゥースでスマホの音声を受信できるオーディオグラスなども利用可能ということだった。
法改正求められる屋外使用
未来館では昨年、同館から最寄り駅の新交通システムゆりかもめテレコムセンター駅まで初の屋外ナビ実証実験を行った。屋外ではGPSの測位データが利用できるため、ライダーセンサーなどのリアルタイム測位技術を補完的に使いながら、衛星電波も使えるシステムにした。
だが、屋外使用の場合に致命的なのは段差の問題。現在、AIスーツケースは階段の昇降ができない。雨天にはレインコートのような防水対策も必要だろう。
同館副館長の高木啓伸さんは「道路交通法では、視覚障害者が単独で歩行する場合、白杖を携えるか、白または黄色のハーネスをつけた盲導犬を伴わなければならないとしています。屋外で視覚障害者がAIスーツケースを使う場合、法改正が求められることになります。技術開発だけでなく、社会の理解も必要です」と説明した。
一歩先が目的
同じ全盲者の立場から、浅川館長との質疑応答の時間に、「移動中、いつでもすぐに触って確認できるようにハンズフリーにしておきたい視覚障害者にとっては、本体をもっとコンパクトにしてリュックサックのように背負う形にできないか」聞いてみた。
「GPSを利用したウエアラブルのナビ技術などでは今のところ一歩先の情報をキャッチできません。AIスーツケースを使っていれば、人間の方で100%正しく歩けるように努力する必要はありません。今日、多くの報道関係の方に囲まれて突然AIスーツケースが動かなくなりました。初めてのハプニングでした。実際の屋外走行ではこういう事態に対処できるよう引き続き機能強化します」
もう一つ期待したいのは交通信号機の色認識。屋外で使うには欠かせない機能だ。AIスーツケースは周囲の人の動きを感知できるので、多くの人が歩き出せば青と判断するかもしれない。だが信号無視と混同しない判断力が不可欠。
実証実験「AIスーツケースで常設展を歩こう」の体験申し込みは、同館3階「AIスーツケース・ステーション」で、各回開催時間の20分前(10時30分~、13時30分~、15時30分~)に受け付けるほか、視覚障害者は体験日の3週間前から電話(03・3570・9151)で事前予約を受け付ける。休館日は毎週火曜日、年末年始(12月28日~1月1日)だが、祝日や春・夏休みは開館する。【岩下恭士】