ソニーが4期連続最終赤字に沈むなど逆境にあった2012年、社長兼CEOに就任した平井一夫氏は「感動(KANDO)」を実質的なパーパスとして掲げ、ソニー復活を先導した。エレクトロニクスからエンターテインメント、金融まで多種多様な事業領域を持つ一大グループの変革を実現させた平井氏が、パーパスとリーダーシップを語った。
※「NIKKEI FUTURE VISION 2025 ブランドとパーパスで描く企業の未来」(2025年11月12日)での登壇内容をもとに構成しています。
──2012年にソニー社長兼CEOに就任されたとき、会社は不調でした。当時のソニーをどう見ていたのでしょうか。
祖業であるコンシューマー向けエレクトロニクス事業をとっても、テレビをはじめ戦っている市場はほとんどレッドオーシャンでした。赤字が続き、ヒット商品も出ず、将来に対する自信と方向性を失っていました。「ソニーは何のために存在して、どこを目指すのか」という根っこの価値観が、社内で共有されていなかったことが大きかったと思います。
──グループを束ねる言葉として新たに打ち出されたのが「感動(KANDO)」でした。
ソニーにはエレクトロニクス、映画、音楽、ゲーム、金融まで多様なビジネスがあります。これらが同じ方向を向くには、何のために存在しているかを一つの言葉で表現する必要がありました。
議論を重ねる中で出てきたのが、感動というキーワードです。テレビやオーディオは感動の場面を再生するハード、カメラはユーザー自身が感動をコンテンツにするための道具、映画や音楽、ゲームはプロによる感動のコンテンツです。金融もお客様の人生に寄り添い、安心や希望という感情価値を提供しています。この案が出てすぐ、すべてが感動という言葉で一本につながると確信しました。
──パーパスはつくるよりも浸透させる方が難しいといわれます。どう定着させたのですか。
一番大事なのは、トップを含むマネジメントが毎日のように語ることです。新商品のレビューやサービスの会議でも「この商品の感動ポイントは何?」「本当にお客様を感動させられるか?」と必ず問いかけました。
最初は社員もピンときていないような反応をしますが、継続するうちに、現場の方から「このプロジェクトの感動ポイントは」と自発的に語り始めるようになりました。そこまでに2、3年かかりました。パーパスは「年頭挨拶で一度言えばいい」というものではなく、日々の現場で繰り返し使われて初めて血肉になるのだと思います。
──在任中6年間で70回以上、世界各地の事業所でタウンホールミーティング(経営陣と従業員が双方向で対話する社内イベント)を行ったと聞いています。現場での対話にこだわった理由は。
パーパスや戦略でどんなに素晴らしいことを語っても、「この人はいったい何者なのか」と思われていたら、メッセージは届きません。特に社長就任当初、それまで本流ではなかった音楽・ゲーム事業出身の私のことをよく知らない社員がほとんどで、まずは平井という人間を知ってもらう必要がありました。だから用意された原稿は読まず、自分の生の言葉で、かんでもいいからハートで話しました。質問も事前募集ではなく、その場で何を聞かれてもオープンに答えるコミュニケーションを徹底しました。
印象的だったのは、ある海外工場で「社長は家のゴミ出しをしますか?」と質問されたことです。冗談半分ですが、社長にそんなことを聞けるほど距離が縮まった証拠だと感じて、うれしかった出来事です。そこから本当の意味での対話が始まった気がします。
──リストラや事業撤退などの厳しい決断もありました。社員のモチベーションをどう保ったのでしょうか。
もちろん避けたいことでしたが、問題を先送りすればするほど傷は深くなります。経営者としてなぜ今、縮小・撤退しなければならないのかを、包み隠さず説明することを徹底しました。その上で必ず「残った人材でより良いソニーをつくるために何ができるか」と未来志向の対話につなげ、現実を共有しつつ、視線を前に向けることを心掛けていました。
──リーダーは意識的に役割を演じる部分も必要なのでしょうか。
業績が悪いときに社長まで暗い顔をして小声で話していたら、社員は余計に不安になります。内心は心配でも「ここが踏ん張りどころだ。こう手を打つ」と、自信を表に出して伝えるようにしていました。
ただし役割を演じるのは会社を前に進めるためであって、取り繕うためではありません。分からないことは「分からないから教えて」と言い、判断を誤ったら「間違えました、軌道修正します」と素直に認めることが大切です。部下は上司の言動をよく見ていますから、ごまかしは通用しません。
──スローガンの前に人としての本質を求めるお考えで一貫していますね。
「肩書きで仕事をするな、人格で仕事をしろ」という考えです。自分がいかに実績を出したかではなくて、明確な判断ができる、具体的なアドバイスをできる、話に耳を傾ける、相手の立場に立って考えるといった人間としての基本的な要素、すなわち「心の知能指数(EQ)」があって初めてリスペクトされ、社長や部長という肩書きが生きてきます。
私はよく周囲に「もし自分のポジションが選挙制だったら、あなたは部下から票を集められるか?」と問いかけます。国会議員とは違い、会社では先にポストに「当選」して、後から票を取りに行かなければなりません。だからこそ、日々の積み重ねが重要になります。
──最後に、これからリーダーとして組織を動かす世代にアドバイスをお願いします。
プレーヤーとして成果を積み重ねたことで昇進への道が開けます。しかし部下にとって上司がホームラン王だったどうかは関係がありません。先ほどEQの話を挙げたように、皆さんと一緒に仕事をするチームメンバーがモチベーション上がるような雰囲気をつくることが求められます。そのためには個人で実績を上げるのとは全く違うマインドセットが必要だということをぜひ覚えておいてください。