糖尿病や肥満だけじゃない! GLP-1受容体作動薬に期待される、がんの予防効果
今回もGLP-1受容体作動薬について書きたい。いわゆる「やせ薬」として話題の薬だ。
GLP-1は、食事によって血糖が上がると、小腸のL細胞などから分泌されるホルモンをいう。膵臓(すいぞう)のβ細胞で血糖値を下げるインスリンの分泌を促進するため、このGLP-1を模したGLP-1受容体作動薬は、糖尿病の治療薬候補として注目された。
開発は順調に進み、我が国でも、2010年1月に、デンマークのノボノルディスク社のリラグルチド(商品名:ビクトーザ)が承認された。現在、5種類の化合物が、七つの商品として販売されている。
血糖値を下げて、体重を減らす
GLP-1には、血糖調整以外にも多くの生理作用がある。その一つが食欲の抑制だ。胃の内容物の排出を遅らせて満腹感を持続させるとともに、脳の視床下部に働きかけ、食欲を減退させる。この作用があるため、GLP-1は「やせ薬」としても注目を集めた。その後の研究で、GLP-1受容体作動薬に減量効果があることがわかり、肥満症治療薬としての使用が急拡大している。
GLP-1受容体作動薬は、血糖値を下げて、体重を減らす。いずれも、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中などの危険因子だ。GLP-1受容体作動薬を用いることで、このような合併症を予防できるかもしれない。
この点については、既に幾つかの臨床研究の結果が発表されている。その一つが、16年7月に米国の「ニューイングランド医学誌(NEJM)」に掲載された「LEADER試験」と呼ばれる研究だ(※1)。
心血管疾患のリスクが高い糖尿病患者9340人を、リラグルチド投与群とプラセボ(偽薬)投与群に無作為に割り付け、死亡、心血管疾患、脳血管障害の発症頻度を比較したところ、観察期間中央値3.8年の段階で、リラグルチドの投与によりリスクが低下していたという。
16年11月には「SUSTAIN-6試験」でも同様の結果が「NEJM」に報告されている(※2)し、19年7月には心血管疾患の既往がない人を対象に、死亡、心血管疾患、脳血管障害のリスクを12%低下させたという「REWIND試験」の結果が英国の「ランセット誌」に報告されている(※3)。
こうやって、GLP-1受容体作動薬の心臓保護効果は医学的コンセンサスとなった。
GLP-1薬は慢性炎症を抑制し、がんのリスクを減らす
GLP-1受容体作動薬の効果は、糖尿病や肥満の治療にとどまらず、それ以外の作用機序も関与していると考えられている。なかでも注目されているのが、炎症性サイトカインの分泌抑制や酸化ストレスの軽減といった抗炎症作用である。
近年の研究では、心血管疾患やがん、さらには認知症の発症にも慢性炎症が深く関わっていることが明らかになってきた。肥満が健康リスクとされるのは、肥大化した脂肪細胞が炎症性物質を分泌し、免疫系を刺激して慢性炎症を引き起こすためである。
GLP-1受容体作動薬は体重減少をもたらすだけでなく、こうした慢性炎症の抑制を通じて、多様な疾患の予防に寄与する可能性がある。
慢性炎症が原因の代表的疾患ががんだ。胃がんはピロリ菌、子宮頸(けい)がんはヒトパピローマウイルス、肝臓がんはB型やC型肝炎ウイルスの慢性感染による炎症が原因で発症する。肥満が発がんのリスクであるのは、肥満により慢性炎症が引き起こされるからと考えられている。GLP-1受容体作動薬の投与により、がんも予防できるかもしれない。
この問題については、既に複数のグループから研究結果が報告されている。
その一つが、米国のNYUグロスマン医科大を中心とした研究チームの大規模観察研究だ。米国臨床腫瘍学会(ASCO)のホームページで、5月23日に公表した(※4)。
この研究では、糖尿病と肥満を併せ持つ患者において、GLP-1受容体作動薬は、14種類の肥満関連がん(食道がん、結腸がん、直腸がん、胃がん、肝臓がん、胆のうがん、膵臓がん、腎臓がん、閉経後乳がん、卵巣がん、子宮体がん、甲状腺がん、多発性骨髄腫、髄膜腫)のリスクを低下させる可能性があることが示された。
体格指数(BMI)が30以上の患者17万人以上を対象に、平均3.9年間の追跡調査を実施したもので、GLP-1薬群は、標準的糖尿病治療薬であるDPP-4阻害薬群と比較してがん発症率が約7%低く、全死亡リスクも8%低かった。特に女性では、がんリスクが8%、全死亡リスクが20%低下していたという。さらに、結腸がんは16%、直腸がんは28%少ない発症率が確認されている。
同様の研究結果は、他のグループからも報告されている。昨年7月、「米国医師会誌(JAMA)」は、165万人の米国人を15年間フォローした研究で、膵臓がん、大腸がん、卵巣がん、食道がんなど10種類の悪性腫瘍の発生リスクが低下していたという研究を紹介しており、GLP-1受容体作動薬によるがん予防には世界の研究者が関心を抱いている(※5)。
体重減少以外の要因で肥満関連がんリスクが4割減少
では、GLP-1受容体作動薬のがん予防効果は、どの程度が減量によるもので、どの程度がGLP-1受容体作動薬の抗炎症作用といった薬効によるものだろうか。もし、後者のウエートが高ければ、従来の食事・運動療法を最優先する治療法の在り方を見直さねばならない。
この点について、興味深い研究結果が報告された。この研究成果は、5月11~14日にスペイン・マラガで開催された欧州肥満学会(ECO2025)で発表され、医学誌「eClinicalMedicine」に同時掲載されたものだ(※6)。eClinicalMedicineはランセットの関連誌で、近年、注目を集めている媒体だ。
この研究を主導したのは、イスラエル最大の医療保険組織であるClalit Health Servicesの研究チームだ。彼らは、10~18年にGLP-1受容体作動薬を使用開始または肥満手術を受けた、BMI30以上の2型糖尿病患者6356人(各群3178人)を対象に、23年末までの中央値7.5年間追跡した。
追跡期間中、298人が肥満と関連するとされているがんを発症した。最も多かったのは閉経後乳がん(77人)、次いで大腸がん(49人)、子宮体がん(45人)だった。肥満手術群とGLP-1受容体作動薬群のがん発症率は、それぞれ1000人あたり年5.76件と5.64件で、統計的に有意な差はなかった。
興味深いのは、肥満手術群の平均体重減少率が31%と、GLP-1受容体作動薬群の13%を大きく上回っていたにもかかわらず、BMIが35以上ではがん発症率に差がなかった点だ。
前述したように、GLP-1受容体作動薬によりがんが予防されたとして、どの程度が減量によるもので、どの程度が薬効によるものかはわからない。研究チームは、GLP-1受容体作動薬使用例を肥満手術と比べることで、その効果を推定した。詳細な統計処理の説明は省くが、研究チームは、GLP-1受容体作動薬には、体重減少以外の要因によって肥満関連がんのリスクを41%低下させる効果があると推定している。
もちろん、GLP-1受容体作動薬のがんに対する効果は、まだまだ医学的コンセンサスとは言いがたい。今回のような重度の肥満患者を対象とした研究結果が、日本人に応用できるかは不明だ。今後の研究が必要である。
ただ、今回の研究は、がん患者やがん家系の人にとって朗報だ。薬物によって、がんのリスクが下がる可能性があるからだ。少なくともBMI30(身長170cmで、87kg)以上の人にとっては一考の価値がある。
食事や運動療法も大事だが…
幸い、GLP-1受容体作動薬は「安全」だ。糖尿病治療薬は低血糖のリスクがつきまとうが、GLP-1受容体作動薬は、血糖値が高い時だけインスリン分泌を促す性質を持っており、低血糖のリスクが極めて低い。悪心、嘔吐(おうと)などの消化器の副作用が頻出し、ごくまれに膵炎や胆のう炎などの重篤な合併症を起こすことがあるが、これは主治医に相談することで管理可能だ。がんリスクが高い肥満患者の場合、そのリスクは十分に受け入れることができるだろう。
しかるに、日本では、肥満症に対するGLP-1受容体作動薬の使用が厳しく制限されている。23年11月の厚生労働省の通知により、セマグルチド(商品名:ウゴービ)に公的医療保険を適用して処方できるのは、特定学会が認定する専門医が常勤する教育研修病院に限定され、一般のクリニックでは処方が難しい。さらに、BMIが27以上で代謝性合併症が二つ以上あることに加え、肥満症専門医や糖尿病専門医の管理下で半年以上の生活習慣指導を経る必要がある。これでは、多くの患者がGLP-1受容体作動薬の恩恵にあずかることができない。
この状況は海外とは対照的だ。昨年5月、米国のカイザーファミリー財団が発表した米国の成人1479人を対象とした調査によれば、12%が何らかのGLP-1受容体作動薬を使った経験があり、6%は現在も使用中だという(※7)。日本とはあまりにも違う。
食事や運動療法について、私は重要性を否定するつもりはないが、このことを強調しすぎることは患者のためにならない。19年4月に米国の多施設共同研究チームが「米国内科学会誌」に発表した研究(※8)では、メトホルミンという減量効果がある糖尿病治療薬を使った場合、15年間の観察期間では、メトホルミン群の56.1%が体重減少を維持していたのに、食事・運動療法群では43.1%だったという。臨床試験登録患者で、この状態だから、実態はもっと低いだろう。食事や運動療法は長続きしないのだ。
日本の現状では、多くの患者は保険診療で処方されず、オンラインなどで自費診療を受けるしかなくなる。ネットには「GLP-1ダイエット」の広告があふれ、その中には、医師として看過できない不心得なものもある。これでは、なんのための規制かわからない。
GLP-1受容体作動薬の研究は日進月歩だ。医学研究の成果が国民に還元できるよう、もっと患者中心の柔軟な対応をとるべきである。
(※1)Liraglutide and Cardiovascular Outcomes in Type 2 Diabetes July 28 2016 N Engl J Med
(※2)Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Patients with Type 2 Diabetes November 10 2016 N Engl J Med
(※3)Dulaglutide and cardiovascular outcomes in type 2 diabetes (REWIND) THE LANCET Volume 394 Issue 10193p121-130July 13 2019
(※4)【ASCO2025】GLP-1受容体作動薬で、糖尿病患者の肥満関連がん14種のリスクがわずかに低下
(※5)Glucagon-Like Peptide 1 Receptor Agonists and 13 Obesity-Associated Cancers in Patients With Type 2 Diabetes JAMA Netw Open. 2024;7(7):e2421305
(※6)Glucagon-like peptide-1 receptor agonists compared with bariatric metabolic surgery and the risk of obesity-related cancer eClinicalMedicine 2025;83:103213 Published Online 11 May 2025
(※7)KFF Health Tracking Poll May 2024: The Public’s Use and Views of GLP-1 Drugs
(※8)Long-Term Weight Loss With Metformin or Lifestyle Intervention in the Diabetes Prevention Program Outcomes Study Annals of Internal Medicine 23 April 2019
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かみ・まさひろ 1993年東京大医学部卒。99年同大大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンター、同大医科学研究所をへて、2016年より現職。医療ガバナンス研究に従事。現場からの医療改革推進協議会事務局長。