漢方が解決した「異常な発汗」  気付いたら不眠症や動悸も治っていた!

=ゲッティ
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汗はなぜ出るのか

 汗をかくということは体温調節のためにとても大事なことです。「熱中症」は脳の温度(核温)が37.4℃を超えて、脳のコンピューターが働けなくなった病態ですが、このために命を落とす人がいることはよく知られています。これを予防するには汗によって皮膚表面の温度を下げて血液を冷却し、核温を下げることが必要です。

 体温が上がり過ぎて危険な場合、これを感知し、汗をかくという指令を出すのは脳の体温調節中枢が行います。血管を広げて放熱することも同時に行われます。体温調節中枢は脳の視床下部という場所にあります。図に示しました。

 脳の縦断面(頭頂部から鼻筋を通る断面)で視床下部を示した(眼球は、正確にはこの位置にはないが、理解しやすいよう加えた)。視床下部は、自律神経系や内分泌系の中枢として、体温調節、食欲、睡眠、自律神経活動など、生命維持に重要な機能を調節する。視床下部から垂れ下がる脳下垂体は前葉と後葉に分けられ、前葉からは成長ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモンが分泌され、後葉からは抗利尿ホルモンが分泌される。これらのホルモンは視床下部からの指令によってコントロールされている。視床下部は生命を維持する最も重要な場所と言える。
 脳の縦断面(頭頂部から鼻筋を通る断面)で視床下部を示した(眼球は、正確にはこの位置にはないが、理解しやすいよう加えた)。視床下部は、自律神経系や内分泌系の中枢として、体温調節、食欲、睡眠、自律神経活動など、生命維持に重要な機能を調節する。視床下部から垂れ下がる脳下垂体は前葉と後葉に分けられ、前葉からは成長ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモンが分泌され、後葉からは抗利尿ホルモンが分泌される。これらのホルモンは視床下部からの指令によってコントロールされている。視床下部は生命を維持する最も重要な場所と言える。

 汗の蒸散熱で体表の温度を下げるわけですから、扇風機やうちわの風の流れに当たること、クーラーによる室内の温度と湿度を下げることが重要です。汗の蒸散がスムーズに行われなければ体温は低下しないからです。汗の成分は99%が水で1%がナトリウムなどのミネラルです。暑い日には1Lを超える汗がでますので、水分の補給が必要なのは当然ですが、ミネラルも汗1L当たり10gも失われるわけですから、梅干し、漬物、みそ、しょうゆ、スポーツドリンクなどで塩分やミネラルの補給も忘れてはいけません。

異常な発汗を訴える患者さん

 ところが、この体温調節中枢が誤作動して異常な発汗に悩む方がいます。

 46歳の女性患者さんが「ひどい汗」を訴えて私の診察室を訪れました。10代から自律神経失調症でいろんな不調を経験してきたそうです。1年前に閉経。その前年から異常な発汗が起こり、通院中の婦人科で女性ホルモンの補充療法を受けましたが無効でした。自律神経調整薬・トフィソパムも試みられましたがこれも無効でした。ご自分で「最後の頼みは漢方だ」と思いつき、Webサイトで当科を探し、婦人科主治医の紹介状を持参して受診しました。

 発汗がどれほど異常かというと、寝汗がひどく、何回かパジャマを着替える。起床直前は寒気に襲われる。しかし起床後は少し動くとひどい発汗があり、汗が首筋に垂れてくる。このとき体の芯が燃えるように熱くなり、これが数時間持続するものの、その後に寒気に襲われ、下半身の冷えが特に強い――という実に奇妙な多汗症です。

 この他に自覚症状として、不眠、倦怠(けんたい)感、憂鬱(ゆううつ)、冷えのぼせ、頭重感、目の疲れ、せきこみ、動悸(どうき)、頻尿、膝の痛みがあります。他覚症状では、やや赤ら顔で、身長156㎝、体重45.7kg、血圧124/68mmHg、脈拍76/分で手掌に発汗を認めました。体表にはわずかに汗が出ています。

 漢方薬を選ぶ際、陰陽の見極めと同様に重要なのが虚実(きょじつ)の判別です。脈が弱く、腹壁筋の力も弱い状態を「虚」の病態と呼び、逆に脈力も充実し、腹壁の力が充実している病態を「実」と言います。この患者さんは、脈は少しの圧迫で拍動を感じなくなる弱い脈で「虚」の病態でした。

 血液検査には大きな異常は無く、特に発汗を促す甲状腺機能亢進症の所見もありません。陽証で虚証、発汗の後で寒気を感じること、膝の痛みがあるという点に注目して「防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)」が良いと考えました。

 2週間後に再診。「頭と上半身の発汗が減りました。全くというわけではありませんが、全然違います。尿が近くて泌尿器科にも通っていましたが、それも良くなりました」と言い、更に「以前はつらくて家の中をはいつくばっていましたが、それも良くなりました。2週間でこんなに改善するなんて思いませんでした!」と、感激してくれました。

 しかも初診時に訴えていたさまざまな自覚症状(不眠、倦怠感、憂鬱、冷えのぼせ、頭重感、目の疲れ、せきこみ、動悸=どうき、頻尿、膝の痛み)は霧が晴れるようにスーッと消えて無くなったのです。その後、約2年間の服薬で漢方薬は卒業となりました。

不思議な多汗症の原因は?

 この患者さんの場合、体温調節中枢が誤作動で、核温は正常なのに「高い」と評価し、発汗過多になってしまったのではないかと思います。女性は起床後、数時間「体の芯が熱く感じる」と訴えていましたが、これが誤作動による症状だと私は考えています。私たちも気温が36℃を超える真夏日に大量の汗をかきますが、そのとき「体の芯が熱く感じる」ことは通常ありません。

 過度の発汗によって体表温は35℃以下に冷却されますので、女性は結果として寒気を感じたわけですが、これも体温調節中枢が核温が正常化したことを感知できずに、発汗の指令を出し続けた結果だったと考えています。

多汗症によい漢方薬

 汗をかくこと自体は熱中症から体を守ることですから、治療の対象にはなりませんが、汗が余りにも大量でズボンに塩の結晶が浮き出る人や、屋外など熱い環境で仕事をしなければならない方には熱中症の危険を避けるために漢方薬を用いる事があります。

 今回用いた防已黄耆湯は防已(ぼうい)、黄耆(おうぎ)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)、蒼朮(そうじゅつ)の6味で構成されている方剤です。体内に過剰な水がたまっており、元気がなく、膝などの関節痛を治す効能があります。その作用機序は十分に解明されていませんが、体温調節中枢の細胞の働きを元気づけて正常に働くようにしたと考えられます。防已黄耆湯は「虚」の状態の人が適応になります。

 一方、「実」の状態で口渇(のどのかわき)を伴う人には白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)が第1候補です。この漢方薬には核温の設定温度(37.2±0.2℃)を低めにする作用があると考えています。設定温度が低めですから、発汗の指令が早めに出されます。発汗の後で寒気を感じることはありません。

 もう一つは黄連解毒湯(おうれんげどくとう)です。「実」の病態ですが、口渇はなく、顔面が紅潮しイライラ感を伴う多汗症に用います。この他にも体力が低下してしまったために多汗症や寝汗に悩む方に対処する漢方薬は数多くありますので、漢方の専門医に相談し、最適な処方を選んでもらいましょう。

足し算医療に、決別を

 医療費の削減のために、OTC類似薬の保険適用除外が「骨太の方針」に盛り込まれると報じられています。「風邪を引いても病院には行かず、薬局で風邪薬を買いなさい」というのです。

 3カ月前に私の親友が突然、亡くなりました。80歳でした。息子さんの話では、当初は普通の風邪のような発熱だったそうですが、症状が悪化し、入院して初めて新型コロナウイルス感染症であったことが判明したそうです。入院した時は肺炎が進行しており、すでに手遅れの病状であったとのことです。

 コロナはもう終わったと考えるのは大間違いです。コロナとインフルエンザの検査キットがインターネットや薬局でも買えるようになりましたが、約3000円の自己負担です。しかし、もちろん肺炎の合併を検査するキットはありません。医療費の削減のために国民を危険にさらす「骨太の方針」に私は反対します。

 ただし、医療費の無駄遣いは止めなくてはいけません。先ほどの多汗症の患者さんは婦人科を主に、頻尿を泌尿器科、憂鬱と入眠障害で心のクリニック、そして動悸を主訴に循環器内科を受診していました。幸いなことに泌尿器科で処方されたクスリ以外は服用していませんでした。

 しかし、よく考えてみると相当な医療費を使っています。ご本人は3割負担ですから合計で3万円を負担していたとしても、保険財政からは7万円が支出されているのです。

 「医療保険制度を守ろう」という国民一人一人の意識改革が必要であると私は考えています。複数の医療機関を受診し、おのおのの専門科で最善の医療をしてもらえば最善の効果が得られるというのは幻想です。多量のクスリのために肝臓や腎臓の機能障害が起こり、認知症や命を縮める結果になることも少なくないのです。

 不思議なことに、この国の人々の多くは10種類以上のクスリを服用することに慣れてしまっています。良い物はみな取り込もうという「欲」があるからです。ひどい場合にはこうした大量のクスリに満足せずに、さらにテレビのCMで宣伝している健康食品やサプリメントまで摂取しているのです。

京都・龍安寺の手水鉢(蹲<つくばい>)。口を真ん中に共有して「吾唯知足」と書かれており、「吾(われ)唯(ただ)足るを知る」と読む。知足は古代中国の哲学者・老子の言葉=筆者撮影
京都・龍安寺の手水鉢(蹲<つくばい>)。口を真ん中に共有して「吾唯知足」と書かれており、「吾(われ)唯(ただ)足るを知る」と読む。知足は古代中国の哲学者・老子の言葉=筆者撮影

 写真には京都・龍安寺の手水(ちょうず)鉢を掲げました。「吾唯知足」、吾(われ)唯(ただ)足るを知るとあります。心おだやかに暮らすには、欲を離れて現在の自分の境遇、健康状態に満足することが大切だという意味です。

 適度な運動、十分な睡眠、夕食後に胃酸の出るおやつは食べないという「養生」をしないで、不具合があると、医院や病院に行くのはやめましょう。

 もう一つ、血液検査の数値が高いからと言って全てを正常値にしようとするのはやめましょう。「知足」は、単に現状に満足することだけでなく、それを前提に他者への思いやりを持つことです。医療の場合これが、保険財政の健全化へとつながるのです。

 私は「知足」は東洋の美徳だと考えてきました。ところが南米ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカさんがその著「世界で一番貧しい大統領と呼ばれたホセ・ムヒカ」(ゴマブックス)で「貧しい人とは、無限の欲があって、いくらあっても満足しない人のことだ」と書いています。これは「知足」そのものではありませんか。よく読み進むと、彼は日本からの移民社会のありさまからこのことに気付いたと記しています。やはりこの思想は「東洋の美徳」であると、ホッとしました。

 そこで私が提案したいことは、漢方的なセンスを持った「かかりつけ医」を見つけて、まず漢方治療を行い、必要に応じてその「かかりつけ医」から専門医を紹介してもらうことです。自己判断で複数の専門医に掛からないことが身を守るうえでも「保険財政を大切に扱う」上でも重要だと考えています。この詳細は拙著「漢方を交えた医療論」(医学書院)に記してあります。

心身一如

 もう一つ、この多汗症の患者さんの治療で注目すべき事柄は、大汗が治ると同時に不眠症や憂鬱などの多くの症状が、霧が晴れるように消え去ったことです。しかしこれは魔法ではありません。この患者さんに起こっていたことを冷静に、心と体の全体像で考えてみましょう。

 多汗症のために睡眠が十分にとれていなかった。このために気分が晴れずに憂鬱になった。目も疲れ、これから先どうなるかと不安になり動悸も起こった。汗をかくには相当のエネルギーが必要なので、体が疲れ果ててしまい「立って歩けない」状態にまで落ち込んでしまったのではないでしょうか。

 人間の生命力が低下してしまった状態を漢方では「気虚(ききょ)」と呼んでいます。気虚のために多汗症になったのか、多汗症が先で気虚になってしまったのかは判然としませんが、防已黄耆湯は気虚を改善する漢方薬ですから、気虚が最初に起こって、体温調節中枢が不具合になってしまったと考えるのが良さそうです。

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てらさわ・かつとし 1970年千葉大医学部卒。79年同大学院修了、医学博士。富山医科薬科大医学部長、千葉大医学研究院和漢診療学教授など歴任。日本神経学会専門医。日本東洋医学会専門医・指導医。2018年吉益東洞の研究で文学博士を取得。

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