お薬手帳は「命を守るノート」 自己判断で重症化する落とし穴とは

=ゲッティ
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 今の勤務先に移ってから最も驚いたこと――それは患者さんが皆さん、当たり前のようにお薬手帳を持参されていることです。薬剤師の先生方の地道な取り組みにより、お薬手帳を持つことが当たり前の優れた医療文化が築かれているのでしょう。

 ではなぜ、お薬手帳が必要なのか。転倒や病気で意識がはっきりしない時や災害時といった、かかりつけ以外の医師に診察してもらう場合。複数の医療機関を受診している場合。そうした場合でも、お薬手帳があれば今どんな薬を使っているのか、どんな病気を治療しているのかがすぐに分かります。それによって、治療内容の重複や危険な飲み合わせを避けることができます。

 また、薬の服用によって体調が悪くなった場合も、お薬手帳にメモしておくことで、同じ薬が再度処方されてしまうことを避けられるのです。

津波ですべて流され、血液検査もできない

 2011年の東日本大震災では、発生から2カ月後のゴールデンウイークに救護活動に参加しました。津波でお薬手帳もすべて流され、患者さんの漠然とした記憶だけを頼りに、薬を処方しなければならないという状況。血液検査もできる環境ではなかったので、糖尿病の種類、現状の血糖値、薬の投与量も正確に分からないまま、投薬が必要でした。仮に適切な処方でなかった場合、避難所生活の中、逆に患者さんの体調が悪くなってしまうかもしれない。せめてお薬手帳だけもあれば……と、その必要性を痛感した出来事でした。

東日本大震災の避難所で救護活動をする日本赤十字社の医療スタッフ=金子至寿佳医師提供
東日本大震災の避難所で救護活動をする日本赤十字社の医療スタッフ=金子至寿佳医師提供

重要な病気や薬の飲み間違いに気付く

 ですから、お薬手帳は「命を守る情報ノート」と言っても過言ではありません。お薬手帳を持っていたことで、重要な病気が見逃されずに済んだという例も、たくさん見てきました。

 ある60歳男性は、自分が糖尿病だと認識していませんでしたが、お薬手帳に糖尿病薬の記載があることに医師が気づき、循環器科から私のいる内分泌内科に診察依頼が回ってきました。

 本人は「糖尿病と言われたことは一度もありません」と言い張っていたのですが、一緒にお薬手帳を1ページ1ページめくって、いつから糖尿病薬が処方されていたかを確認したところ、「先生からはちょっと血糖値が高いと言われたけれど、糖尿病と言われたことはない」という言葉が出てきました。「『血糖値が高い』ということが糖尿病という指摘ですね」ということで、落ち着きました。

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 ある76歳女性は「薬が足りなくなった」と予定の診察日より早く受診されました。処方薬局に確認すると、記録では処方箋通りの払い出しになっているとのこと。お薬手帳を一緒に確認していく中で、朝1回服用のはずが、いつの間にか朝夕2回服用してしまっていたことが判明しました。いつ何日分処方されたというお薬手帳の情報から、薬の飲み間違いを見つけることもできます。

体調不良、副作用時に誤った判断も

 一方で、注意しなければならない点があります。それは「お薬手帳を持っているだけで安心してしまう」という落とし穴です。

 自分はどんな病気で治療しているのか。その薬が何のために処方されているのか。薬の名前まで覚える必要はないですが、これが分かっていないと、さまざまな場面で困ったことが起こります。

 例えば、風邪や胃腸炎で食事がとれない時。飲み続けた方が安全な薬と、一時的に中止した方が良い薬があります。特に糖尿病や腎臓病、高血圧の薬は判断が難しく、自己判断で続けたり止めたりすると、重い症状につながることもあります。

 次に、薬の副作用が出た時。その薬が「絶対に続けなければならない薬」である場合、自己判断で中止すると病気が悪化することがあります。本来は医師に相談して別の薬に変更すべきところを、「薬が悪い」と思い込んで中断してしまい、かえって体調が悪くなったという患者さんによく出会います。

 また、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病は、服薬だけで治療することはできません。運動療法を止められていない方の場合、適切に運動することで糖尿病薬を1、2剤減らせることもあります。塩分制限を適切に行えば、降圧薬を減らすこともできます。食事、運動、体重管理などの生活改善と薬がセットになって初めて、治療が成り立ちます。薬の目的を理解していないと、生活改善の重要性に気づけず、治療の効果も不十分になってしまうのです。

健康リテラシーを育てる「武器」に

 最近、「健康リテラシー」という言葉を耳にする機会が増えています。これは「自分の健康に関する情報を理解し、必要な行動ができる力」のことです。

 健康リテラシーの不足によって、医療現場ではさまざまな問題が起こっています。自分で自分の症状を説明できない、自分で調べず教えてもらうことが当たり前になっている、勝手に薬の服用や中断を決める――といったことです。

 お薬手帳を都度開いて、自分の疾患や薬の服用理由を知り、疑問が生じたら医師や薬剤師に相談する。これこそがまさに、健康リテラシーを日常生活で実践している姿といえるでしょう。

 健康リテラシーが高い方は、病気の早期発見や治療の継続がスムーズで、結果として健康寿命も延びやすいことが知られています。お薬手帳は、その健康リテラシーを身につけ、育てていくための強力な武器になるのです。

「持つ」だけでなく「生かす」習慣を

 最後に、お薬手帳を最大限に生かすために、次の四つを意識することをおすすめします。少し意識するだけで、医療はぐっと安全で質の高いものになります。

 ①お薬手帳を必ず持参する(スマートフォンアプリもあります)

 ②薬が何のために処方されているのか、簡単に理解しておく

 ③体調を崩したときの薬の扱い方をかかりつけ医や薬剤師に相談し、イメージを作っておく

 ④副作用が疑われても自己判断で中止せず、医師に相談する

 お薬手帳は、日本が誇る素晴らしい医療の仕組みです。どうか明日から、お薬手帳を「持つ」だけでなく「生かす」習慣を始めてみてください。お薬手帳に記録された薬と病気を「自分のこと」として理解すること。それは、健康でいきいきとした毎日につながる大切な第一歩です。

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かねこ・しずか 医学博士。高槻赤十字病院を経て現職。日本糖尿病学会、日本内分泌内科学会の専門医・指導医。日本糖尿病学会の第4次「対糖尿病5カ年計画」の作成委員。小中学校での出前授業や大人向け健康講座を開いている。

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