歯磨きは汚れをとるだけが目的じゃない! 誤嚥性肺炎と口腔ケアの関係
「誤嚥(ごえん)性肺炎」は高齢者の肺炎の多くを占め、命にも関わる病気ですが、皆さん、毎日の口腔(こうくう)ケアで誤嚥性肺炎を予防できることは知っているでしょうか? ご両親が誤嚥性肺炎で入院した――などの経験をお持ちの方なら聞いたことがあるはずです。口腔ケアは、繁殖した細菌を除き、食べる行為に不可欠な物質の分泌を促すなど、とても重要な意義があります。そこで今回は口腔ケアと、誤嚥性肺炎の予防についてお話をしていきましょう。前回の口腔内細菌の話と続けて理解していただければうれしいです。
口腔ケアには三つの意義がある
あなたは口腔ケアというと何を思い浮かべますか? と言っても多くの方が思い浮かべている通り。歯ブラシでゴシゴシこすって「ブクブク、ぺー」とうがいをすることです。いろんな状況の方がいるので、全ての方がお元気な方と同様にできるわけではありませんが、基本的には日常的な歯磨きです。この口腔ケアには、次の三つの意義があります。
一つは細菌を除去するということ。二つ目はしっかりとお口の周り(中や外も)を刺激するということ。そして三つ目は、口腔清拭(せいしき)や口腔消毒ではないのでケアの側面があるということです。これらを簡単に説明しましょう。
■食べられない人ほど重要になる歯磨き
お口の中には300種類数千億個といわれる数の細菌が存在します。ただし、人間の口の中の細菌数はずっと同じ数というわけではありません。口の環境は大変細菌培養に適しているので、日常生活の中で細菌数はどんどん増えていっているのです。
しかし、前回お話ししたように、私たちはこのような細菌を除去することを日常的に二つ行っています。一つは、皆さんおなじみの歯磨き、もう一つは……「しっかり嚙(か)んで唾液を出して食べる」ということです。しっかり嚙んで食べられる人はある程度、細菌数はおさえられますが、食べる機能が低下した方ほどブラッシングによる細菌除去が必要なのです。
口の中で細菌は、バイオフィルムという形態で存在しています。バイオフィルムとは、細菌が凝集したもので付着性があり、水洗いでは落ちないという特徴を持っています。お口の中のバイオフィルムのことを「歯垢(しこう)=プラーク」といいます。これらは水洗いでは落ちないという特徴があるのですからブラシでしっかりこすらなければなりません。口腔ケア「基本のキ」は物理的にこすってバイオフィルムを破壊して除去することです。
■口を刺激すると増える物質「サブスタンスP」
二つ目のお口の周囲の刺激。のどや気管には神経伝達物質のサブスタンスPという物質が存在します。このサブスタンスPが少ないと、嚥下(えんげ)反射あるいはせき反射が正常に働かないことがわかっています。サブスタンスPは飲み込みに関与する物質なのです。ある実験で、口腔ケアでお口の周囲組織を刺激することでサブスタンスPが増加することがわかりました(図1)。つまり、口腔ケアをすることで飲み込みが良くなるのです。もちろんしっかり嚙んで食べることも刺激です。
■生きる意欲を引き出す「ケア」
三つ目はケアの側面です。口腔ケアはケアであって作業ではありません。口を無理やり開けて歯ブラシを入れてゴシゴシやることはケアではありません。あいさつもあり、スキンシップもあり、不安を感じさせないようなコミュニケーションをとりながら行うことがケアです。これによって生きる意欲であったり希望であったり食欲がわいてきたりもするのです。
50代から増加する誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎という言葉を聞いたことがある人は増えたと思います。まず誤嚥とは、食べ物、飲み物、唾液のように、本来口の中から消化器官(食道や胃腸)に入っていいものが、誤って呼吸器官(気管など)に入ってしまう状態をいいます。ちなみに子どもがクレヨンやボタンなどを間違って飲んだ状態は誤飲(ごいん)といいます。
肺炎は2011年に日本人の死因の第3位になって当時騒がれました。それまで日本人の3大死因といえば「がん、心疾患、脳血管疾患」でしたから。しかも肺炎で亡くなる方の90%以上は高齢者でした。
また、肺炎にも色々な種類があるのですが、誤嚥性肺炎を発症するのは50歳代以降で、加齢とともに誤嚥性肺炎の割合は増えていきます。つまり、誤嚥性肺炎で亡くなる高齢者が増加したということです。最近では、死亡診断書の死因に「老衰」と記載され、医学的な意味での直接の死因が明確でない方が多くなりましたが、誤嚥性肺炎で入院し後に衰弱して亡くなるケースを含め、現実的に誤嚥性肺炎を発症される高齢者は多くいます。
誤嚥性肺炎に潜む三つのリスク
誤嚥性肺炎発症には三つのリスクがあります。口腔内細菌の増加、誤嚥、そして全身の抵抗力の低下です。
口は消化器の入り口であるとともに呼吸器の入り口、つまり肺(気管)の入り口でもあります。その口が不潔で細菌数が異常に多ければ、肺炎発症リスクが高くなることは想像できると思います。また、誤嚥性肺炎ですから誤嚥を起こすことで発症リスクが高くなります。ただし、誤嚥をしたらすぐ肺炎を発症するというものではありません。体力があり、栄養状態が良好であり、全身の抵抗力が高ければ発症しませんが、抵抗力が低下していれば発症してしまいます。
なぜ口腔ケアで誤嚥性肺炎が予防できるのか
今から約25年前、このような口腔ケアが誤嚥性肺炎の予防になるという研究結果が報告されました=注。介護施設の高齢者を対象にした調査で、口腔ケアを受けている高齢者は、そうでない高齢者に比べて肺炎を発症するリスクが低いという結果が米山武義氏らによって報告されたのです。大変画期的な話で医療、介護の世界には大きな衝撃を与えました。では、なぜ口腔ケアによって誤嚥性肺炎が予防できるのかを考えてみます。
口腔ケアと誤嚥性肺炎の関係を図に示します(図2)。左の枠が口腔ケアの三つの意義、右は誤嚥性肺炎発症の三つのリスクです。
口腔ケアの目的はしっかりこすって細菌(バイオフィルム)を除去することですから「口腔内細菌の増加」というリスクは相殺されます。また、口腔ケアでお口の周りを刺激することでサブスタンスPが増加し、飲み込みが良くなるのですから「誤嚥」のリスクが減ります。さらに、しっかりケアをしていくことで食欲が増し、栄養摂取量が増えれば「全身の抵抗力」が向上します。
つまり、口腔ケアの三つの意義がそれぞれ誤嚥性肺炎のリスクを軽減していくのです。「お口を清潔に保ち、しっかり刺激して、飲み込みの機能を向上し、さらに食べられる口づくりで全身の抵抗力を向上していくこと」――。これが誤嚥性肺炎を予防する口腔ケアなのです。
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次回は、具体的な口腔ケア方法やグッズも紹介したいと思います。
注 Oral care and pneumonia. Oral Care Working Group/Lancet. 1999 Aug 7;354(9177):515.
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ごとう・ともゆき 日本歯科大卒。1997年から訪問診療に取り組み、2009年、多職種・住民連携の「新宿食支援研究会」設立。著書に「死ぬまで噛んで食べる 誤嚥性肺炎を防ぐ12の鉄則 」など。