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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第28話 ゲルハルト伯、後継者コンラートに忠誠を誓う

『ヴァルゼン公家暦11年 1月上旬 年明け ドラッヘンブルク 晴れ』


【孤軍奮闘するゲルハルト伯視点】


 新年だというのに、このドラッヘンブルクの空気は、冬の空以上に冷え切っていた。

 年明けの挨拶と称して、主君であるライナルト様の寝所を訪れた私の目に映ったのは、寝台の脇に転がる空の酒瓶と、いまだ重い眠りから覚めぬ主君の無防備な寝顔だった。


(……もはや、これまでか)


 侍医ベルンハルトに処方させた薬も、無駄だった。

 この方はもう、領主ではない。父君を失った悲しみと、領地を奪われた屈辱から逃げ続ける、ただの弱い男だ。

 私は、ライナルト様に見切りをつけた。


 だが、カレドン家を裏切るつもりは毛頭ない。

 私には、先代カレドン侯――ライナルト様の父君――から受けた大恩がある。このドラッヘンブルクは、私の骨を埋めるべき場所だ。


(ならば、どうするか?)


 決まっている。

 この城には、まだ希望が残されている。

 私は、主君の寝所に背を向け、冷たい石の廊下を迷いなく進んだ。

 向かう先は、ライナルト様の息子である、幼きコンラート様の居室だった。


 扉を叩くと、幼いながらも凛とした声が「入れ」と応じた。

 部屋に入ると、コンラート様は、まだ七歳になったばかりだというのに、遊び道具ではなく、分厚いカレドン家の年代記を一人で静かに読んでおられた。


「ゲルハルト伯か。新年の挨拶、ご苦労だ」


 私は、その幼き主君の前に進み、深く頭を垂れた。

 晴れた日の陽光が、コンラート様の金髪を照らしている。


「コンラート様。新年、おめでとうございます。貴方様の健やかなるご成長、心よりお慶び申し上げます」


「うむ。……して、父上は?」


 コンラート様は、本から目を離さぬまま、静かに尋ねた。

 私は、言葉に詰まった。


「……ライナルト様は、その……まだ、お休みのご様子で」


 ぱたん、と。

 コンラート様は、読んでいた年代記を閉じ、幼い顔には不釣り合いな、深い溜息をつかれた。


「……また、酒か」


 その声には、諦観と、確かな侮蔑がこもっていた。


「皆、余に隠そうとするが、知っておるぞ。城の者たちが、父上を見て、陰で泣いたり、ため息をついたりしておるのを。……恥ずかしいことだ。先祖が築かれたこの城で、まこと、恥ずかしい」


 私は、息を呑んだ。

 この幼子は、全てを理解しておられる。

 父の弱さも、家臣たちの失望も、そして、自らが置かれたこのカレドン家の危機的状況も。

 私は、目の前にいるこの幼い少年に、眩しいほどの可能性を感じていた。


(この方こそが、カレドン家の真の主だ)


 私の迷いは、完全に消え去った。

 私は、その場に片膝をつき、コンラート様の前に額を垂れた。


「……! ゲルハルト、何を」


「コンラート様。……いえ、我が主君」


 驚く少年の声を遮り、私は、腹の底から絞り出すように、忠誠の言葉を紡いだ。


「ライナルト様は、もはやこのドラッヘンブルクの主ではございません。この私、ゲルハルト・フォン・カレドンは、本日ただ今をもって、貴方様――コンラート・フォン・カレドン様に、我が剣と、この命、その全てを捧げることを、ここに誓います」


 部屋に、静寂が満ちる。

 やがて、コンラート様は、震えを押し殺した声で、私に命じられた。


「……立て、ゲルハルト。その誓い、忘れるでない」

「はっ!」


 顔を上げると、そこにはもう、ただの子供はいなかった。

 父の弱さを嘆き、自らの運命を受け入れ、そして、私という剣を手にした、若き領主の顔があった。

 私の、本当の戦が、今、始まった。


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