夜に泣く星落ち草
銀色にひかる花は、夜になると小さな声で泣きました。
しく、しく。
しく、しく。
庭のすみ、古い井戸のそばで、花びらをふるわせています。
けれど、その声に気づく人は、だれもいません。
井戸から少し離れたところに、小さな家がありました。
その家には、ミナという幼い女の子が、お父さんとお母さんといっしょに住んでいました。
ミナは、昼間は庭を走るのが大好きでした。
草の実をひろい、ちょうを追いかけ、雲の形を見ては笑います。
けれど日が暮れると、すぐに眠ってしまいます。
夕ごはんを食べて、あくびをひとつすると、もうまぶたが重くなるのです。
だからミナは、夜の庭を見たことがありませんでした。
夜の空も、見たことがありませんでした。
ある夜のことです。
ミナは、ふとんの中で目を覚ましました。
しく、しく。
しく、しく。
はじめは、風の音かと思いました。
でも、ちがいます。
戸がきしむ音かと思いました。
でも、それもちがいます。
どこかで、だれかが泣いているのです。
ミナはこわくなって、ふとんを頭までかぶりました。
家の中は、しんとしていました。
お父さんも、お母さんも、眠っています。
しく、しく。
泣き声は、まだ聞こえます。
ミナは、そっと顔を出しました。
「だれか、ないてるの?」
返事はありません。
ただ、窓の外から、また小さな声が聞こえました。
ミナは、ふとんから出ました。
床はひんやりしていて、足の先が少しふるえました。
そろり。
そろり。
窓のそばへ行き、カーテンを少しだけ開けます。
そのとたん、ミナは息をのみました。
空いっぱいに、星がまたたいていました。
小さな星。
大きな星。
白い星。
銀色の星。
庭も、昼間とはまるでちがって見えました。
草の影は長く、木の枝は黒く、井戸のまわりは青白く光っています。
その井戸のそばに、銀色の星落ち草の花が咲いていました。
花は、月の光を集めたような花びらをひらき、かすかにふるえています。
泣いているのは、その花でした。
ミナは戸の前まで行きました。
けれど、そこで足が止まりました。
夜の庭へ出るなんて、したことがありません。
草のかげに、何かがいるかもしれません。
暗いところから、知らないものが出てくるかもしれません。
ミナの手は、小さくふるえました。
そのとき、空の星が、ちかりとまたたきました。
ちかり。
また、ちかり。
まるで、
「だいじょうぶ」
と言ってくれているようでした。
ミナは小さく息をすいました。
こわくないわけではありません。
でも、あの花は泣いています。
ミナは、そっと戸を開けました。
夜の空気が、ほっぺをなでました。
草が足にふれました。
ミナは、何度も家をふり返りながら歩きました。
一歩。
また一歩。
草がゆれるたび、胸がどきどきしました。
木の枝が鳴るたび、足が止まりました。
そのたびに、ミナは夜空を見上げました。
星が、ちかりと光ります。
「だいじょうぶ……」
ミナは小さな声でそう言って、井戸のそばまで歩きました。
銀色の花びらから、きらきらしたしずくが落ちていました。
涙のような、星のようなしずくでした。
「ねえ」
ミナはしゃがんで、そっと言いました。
「お花さんが、ないているの?」
花は、ゆらりとゆれました。
すると、星のしずくがぴたりと止まりました。
「あなたは……だれ?」
「わたしはミナです。きのう、六さいになったの」
花は、うれしそうにふるえました。
淡い光が、少しだけ強くなります。
「お花さん、きれい。お星さまみたい」
銀色の花は、またうれしそうにゆれました。
「どうして、ないてるの?」
「地上が、あんまりきれいに見えたの」
花は、空を見上げました。
「草も、川も、家の灯りも、きらきらしていて……。もっと近くで見たいと思ったら、すべって落ちてしまったの」
花は少し恥ずかしそうに、花びらをすぼめました。
「どこからおちたの? けがはしてない?」
「ミナは、やさしい子なのね」
「そんなことないよ。いつもママにしかられてる」
「どうして?」
「にわを走ったら、あぶないって」
銀色の花は、くすりと笑いました。
「わたしも、下を見ていたらあぶないって、しかられていたの」
「おかあさんに?」
「そう。あの大きなお月さまに」
ミナは、まんまるの月を見上げました。
「お花さんは、お星さまなの?」
「ミナは賢い子なのね。そう私は星落ち草なの」
ミナは、そっと手をのばしました。
花びらは、ほんのりあたたかでした。
「おうちに、かえれないの?」
「帰りたいの。でも、ひとりでは帰れないの」
「どうしたらいいの?」
「だれかが、わたしのために願ってくれたら、帰れるの」
「ミナでも、できる?」
「ええ。ミナが願ってくれたら」
ミナは、ぎゅっと目をつぶりました。
小さな手を胸の前で合わせます。
「お花さんが、お星さまにもどれますように」
もう一度。
「お花さんが、お星さまにもどれますように」
もう一度。
「お花さんが、お星さまにもどれますように」
そのとき、声がしました。
「ミナ、ありがとう」
ミナは目を開けました。
銀色の花は、さっきよりも明るく光っていました。
「わたし、帰れるわ」
花びらが一枚、ふわりと光になりました。
次の花びらも、その次の花びらも、銀色の光になって空へ上っていきます。
「ありがとう。やさしいミナ」
「お花さん……」
銀の光は、ミナのまわりを一度だけ、くるりと回りました。
それから、夜空へすうっと上っていきました。
星の間に、小さな星がひとつ増えました。
ちかり。
ミナは空を見上げました。
「きれい。よかったね、お花さん」
そう言ったあと、ミナは急にこわくなりました。
夜の庭は、やっぱり夜の庭でした。
ミナは急いで家へ戻り、そっとベッドにもぐりこみました。
胸はまだ、どきどきしていました。
けれど、だんだん眠くなってきます。
星の光も、銀色の花も、やわらかく遠くなっていきました。
「ミナ、もう朝ですよ」
お母さんの元気な声がしました。
ミナは、ぼんやり目を開けました。
朝の光が、カーテンのすきまから入っています。
庭では、小鳥が鳴いていました。
「お花さんは……?」
ミナが小さく言うと、お母さんは笑いました。
「まあ、夢を見ていたの?」
ミナは、ふとんの中でまばたきをしました。
夜の庭。
銀色の花。
きらきらした星空。
あれは、夢だったのでしょうか。
ミナは起き上がろうとして、ふと足もとを見ました。
パジャマのすそに、銀色の小さな花のしるしがついていました。
「あれ……」
ミナは首をかしげました。
こんな花、前からあったでしょうか。
窓の外には、明るい朝の空が広がっています。
星は、ひとつも見えません。
ミナはパジャマのすそをそっとなでました。
銀の小さな花は、朝の光の中で、ほんの少しだけ光ったように見えました。
ミナは、にっこり笑いました。
「おはよう、ママ」
そう言うと、ミナは元気よくベッドから飛びおりました。




