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夜に泣く星落ち草

作者: momotarou
掲載日:2026/05/03

銀色にひかる花は、夜になると小さな声で泣きました。


しく、しく。

しく、しく。


庭のすみ、古い井戸のそばで、花びらをふるわせています。

けれど、その声に気づく人は、だれもいません。


井戸から少し離れたところに、小さな家がありました。

その家には、ミナという幼い女の子が、お父さんとお母さんといっしょに住んでいました。


ミナは、昼間は庭を走るのが大好きでした。

草の実をひろい、ちょうを追いかけ、雲の形を見ては笑います。


けれど日が暮れると、すぐに眠ってしまいます。

夕ごはんを食べて、あくびをひとつすると、もうまぶたが重くなるのです。


だからミナは、夜の庭を見たことがありませんでした。

夜の空も、見たことがありませんでした。


ある夜のことです。


ミナは、ふとんの中で目を覚ましました。


しく、しく。

しく、しく。


はじめは、風の音かと思いました。

でも、ちがいます。


戸がきしむ音かと思いました。

でも、それもちがいます。


どこかで、だれかが泣いているのです。


ミナはこわくなって、ふとんを頭までかぶりました。


家の中は、しんとしていました。

お父さんも、お母さんも、眠っています。


しく、しく。


泣き声は、まだ聞こえます。


ミナは、そっと顔を出しました。


「だれか、ないてるの?」


返事はありません。

ただ、窓の外から、また小さな声が聞こえました。


ミナは、ふとんから出ました。

床はひんやりしていて、足の先が少しふるえました。


そろり。

そろり。


窓のそばへ行き、カーテンを少しだけ開けます。


そのとたん、ミナは息をのみました。


空いっぱいに、星がまたたいていました。


小さな星。

大きな星。

白い星。

銀色の星。


庭も、昼間とはまるでちがって見えました。

草の影は長く、木の枝は黒く、井戸のまわりは青白く光っています。


その井戸のそばに、銀色の星落ち草の花が咲いていました。


花は、月の光を集めたような花びらをひらき、かすかにふるえています。


泣いているのは、その花でした。


ミナは戸の前まで行きました。

けれど、そこで足が止まりました。


夜の庭へ出るなんて、したことがありません。

草のかげに、何かがいるかもしれません。

暗いところから、知らないものが出てくるかもしれません。


ミナの手は、小さくふるえました。


そのとき、空の星が、ちかりとまたたきました。


ちかり。

また、ちかり。


まるで、

「だいじょうぶ」

と言ってくれているようでした。


ミナは小さく息をすいました。


こわくないわけではありません。

でも、あの花は泣いています。


ミナは、そっと戸を開けました。


夜の空気が、ほっぺをなでました。

草が足にふれました。


ミナは、何度も家をふり返りながら歩きました。


一歩。

また一歩。


草がゆれるたび、胸がどきどきしました。

木の枝が鳴るたび、足が止まりました。


そのたびに、ミナは夜空を見上げました。


星が、ちかりと光ります。


「だいじょうぶ……」


ミナは小さな声でそう言って、井戸のそばまで歩きました。


銀色の花びらから、きらきらしたしずくが落ちていました。

涙のような、星のようなしずくでした。


「ねえ」


ミナはしゃがんで、そっと言いました。


「お花さんが、ないているの?」


花は、ゆらりとゆれました。

すると、星のしずくがぴたりと止まりました。


「あなたは……だれ?」


「わたしはミナです。きのう、六さいになったの」


花は、うれしそうにふるえました。

淡い光が、少しだけ強くなります。


「お花さん、きれい。お星さまみたい」


銀色の花は、またうれしそうにゆれました。


「どうして、ないてるの?」


「地上が、あんまりきれいに見えたの」


花は、空を見上げました。


「草も、川も、家の灯りも、きらきらしていて……。もっと近くで見たいと思ったら、すべって落ちてしまったの」


花は少し恥ずかしそうに、花びらをすぼめました。


「どこからおちたの? けがはしてない?」


「ミナは、やさしい子なのね」


「そんなことないよ。いつもママにしかられてる」


「どうして?」


「にわを走ったら、あぶないって」


銀色の花は、くすりと笑いました。


「わたしも、下を見ていたらあぶないって、しかられていたの」


「おかあさんに?」


「そう。あの大きなお月さまに」


ミナは、まんまるの月を見上げました。


「お花さんは、お星さまなの?」


「ミナは賢い子なのね。そう私は星落ち草なの」


ミナは、そっと手をのばしました。

花びらは、ほんのりあたたかでした。


「おうちに、かえれないの?」


「帰りたいの。でも、ひとりでは帰れないの」


「どうしたらいいの?」


「だれかが、わたしのために願ってくれたら、帰れるの」


「ミナでも、できる?」


「ええ。ミナが願ってくれたら」


ミナは、ぎゅっと目をつぶりました。

小さな手を胸の前で合わせます。


「お花さんが、お星さまにもどれますように」


もう一度。


「お花さんが、お星さまにもどれますように」


もう一度。


「お花さんが、お星さまにもどれますように」


そのとき、声がしました。


「ミナ、ありがとう」


ミナは目を開けました。


銀色の花は、さっきよりも明るく光っていました。


「わたし、帰れるわ」


花びらが一枚、ふわりと光になりました。

次の花びらも、その次の花びらも、銀色の光になって空へ上っていきます。


「ありがとう。やさしいミナ」


「お花さん……」


銀の光は、ミナのまわりを一度だけ、くるりと回りました。


それから、夜空へすうっと上っていきました。


星の間に、小さな星がひとつ増えました。


ちかり。


ミナは空を見上げました。


「きれい。よかったね、お花さん」


そう言ったあと、ミナは急にこわくなりました。


夜の庭は、やっぱり夜の庭でした。

ミナは急いで家へ戻り、そっとベッドにもぐりこみました。


胸はまだ、どきどきしていました。


けれど、だんだん眠くなってきます。

星の光も、銀色の花も、やわらかく遠くなっていきました。


「ミナ、もう朝ですよ」


お母さんの元気な声がしました。


ミナは、ぼんやり目を開けました。


朝の光が、カーテンのすきまから入っています。

庭では、小鳥が鳴いていました。


「お花さんは……?」


ミナが小さく言うと、お母さんは笑いました。


「まあ、夢を見ていたの?」


ミナは、ふとんの中でまばたきをしました。


夜の庭。

銀色の花。

きらきらした星空。


あれは、夢だったのでしょうか。


ミナは起き上がろうとして、ふと足もとを見ました。


パジャマのすそに、銀色の小さな花のしるしがついていました。


「あれ……」


ミナは首をかしげました。


こんな花、前からあったでしょうか。


窓の外には、明るい朝の空が広がっています。

星は、ひとつも見えません。


ミナはパジャマのすそをそっとなでました。


銀の小さな花は、朝の光の中で、ほんの少しだけ光ったように見えました。


ミナは、にっこり笑いました。


「おはよう、ママ」


そう言うと、ミナは元気よくベッドから飛びおりました。

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