二度目はありません
※主人公が婚約者に粉かける女を人間扱いしていません。
私は公爵家の娘で、十五歳の時に父から所有している子爵位と領地を継承した。国王陛下の元、叙爵もなされている。
領地の管理は代官に任せているけれど、領主は私で、きちんと国に税を納めている。これは、私が嫁いでも金銭的に困ることが無いように、という親心から。
それが私の身を守ることにもなるのだと、必要になった時に気付かされた。
◇◇◇
「無礼者。『貴族』のわたくしに対してどのような口を利いているの。ジュスト様。野良犬を飼うならば躾はきちんとなさいませ」
国が政策の一つとして他国を参考に作った教育機関「王立学園」は設立百年を迎えた。
初めは男性のみ入学が許されていたが、女性の労働が認められ始め、それに伴い教育機関の制限も緩和されてきた。
従来の成人前の女性が他家の女性と交流をしようと思えば、母親に伴われて向かうお茶会くらいだけだったが、広く交流する場として学園を利用することは大いに利点があった。
男女問わない場というのは出会いにも繋がり、家の利になるお家との繋がる切っ掛けになったり、それこそ家の都合で働かねばならない者にとっては就労先の選定も出来るなど、多方面で便利であった。
しかし、同時に問題も生じていた。
身分制度があるにも関わらず、それを蔑ろにするような言動をする者、婚約者がいる相手に平気で近寄りその座を奪おうとする者などが現れた。
恋愛結婚が少しずつ貴族社会にも増え始めているが、高位の貴族は依然、政略結婚が常である。恋愛をしたいならば、結婚相手との間に子が産まれてから愛人を作れ、と言うのが暗黙の了解であった。
学園内において極端な身分の振りかざしははしたないとされているものの、いくつかの例外がある。
王族並びに爵位保有者は、その身分に合わせた振る舞いをせねばならないということである。そして周りも当然、それに合わせなければならない。
学園に通う間は制服、と呼ばれる共通のデザインをした衣服の着用が義務付けられている。これは外から見た人々が「学園の生徒である」と分かると同時に、皆が同じ為、誰が高位貴族かを不明にさせて拐かしの危険を減らす効果があった。
また、不慮の事故で他者による破損等が起きた場合、ドレスであれば弁償額が家を傾けるほどになることもあるけれど、制服ならばそれを抑える事が可能だかららしい。
その制服に、王族又は爵位保有者は専用のブローチの装着をしなければならないようになっている。
一目で分かるようにし、無礼を働かないように気付かせる為である。
私は子爵位を示すカメリアのブローチを付けているので、私に挨拶に来た人々は「子爵様」と頭を下げていた。
それは学園に入学する前に配布される書類にもわざわざ記載されている事で、読めばわかることを説明する者はいない。
婚約者とは手紙でのやり取りをしていたり、社交シーズンは家族と共に王都に来ていたのでその時にあっていたのだけれど、学園に入学するとほぼ毎日顔を合わせることになった。
入学当初は交流を定期的にしていたのだが、ある時からその頻度が下がった。
現在、男性の中で家の爵位が高いのは私の婚約者で、彼は侯爵家の嫡男なのだが、その彼がどうやら男爵家の娘と親しくなったのだという。
その娘は欲深く、分不相応にも高位の貴族の息子を狙って近寄っている。
私に情報を渡してきたのは寄り子の家の娘なので信憑性は高いだろう。
「対処されますか?」
「お父様と侯爵様に手紙を出すから何もしなくてよろしいわ」
「畏まりました」
これが伯爵位までの婚約ならば家同士の問題で済ませられるけれど、王家に連なる公爵家と、軍事力を有する侯爵家の婚約は話が変わる。国王の承認が必要で、現王家の土台を支える重要性の高い婚約だと判断されている。
今代の第一王子は他国の王女を娶る事が定められている為、王家と国内貴族の直接的な結び付きは第二王子と別の侯爵家の娘の間で行われている。
「さて、わたくしの婚約者はどう処理をするのか、見せてもらいましょう」
学園に入学した途端、自由恋愛を望み羽目を外す者がいることは聞いていた。男性の方が特に多く、婚約者の女性が繋ぎ止められないのが悪いだとか、何故対処しない、と、女性が責められることが多いそうだ。
何故、常識外れな行動をする男性を家族でもない婚約者が矯正せねばならないのか。そんな男性に育てた家の教育に問題があるのであり、婚約者は親でもなければ家庭教師でも無いのだから、躾はきちんと家で済ませておくべきだと思う。
監督責任は家にあるのだから、婚約者も家に任せれば良い。それで駄目ならば、どれだけ非常識なのかを、より身分の高い者の前で聞かせれば良いのに。
そうすれば自ずとこちらは「あちらの令息は常識の無いお方らしいわ。お付き合いはやめておいた方が良いわね」と言いながら家で語るのに。
結果が出る前に、野良犬が私の前に飛び出して来た。
「シルヴィア様!ジュスト様を解放してあげてください!望まぬ婚約など、幸せにはなれません!」
本当に目の前に飛び出してきて、私は驚きのあまり一瞬体の動きが止まった。
野良犬を追いかけてきたのは私の婚約者や他にも数名。婚約者は私ではなく、この野良犬を見ていたので。
手にしていた扇子を思い切り野良犬の頬に向かって振り下ろした。
ぎゃあ、と言いながら廊下に倒れ込む野良犬を私は見下ろす。
「無礼者。『貴族』のわたくしに対してどのような口を利いているの。ジュスト様。野良犬を飼うならば躾はきちんとなさいませ」
婚約者のジュストは私の言葉にびくりと身体を震わせた。そしてその後ろにいた男性達も私を見て、そしてみっともなく喚く野良犬に声を掛けるか迷っているようだった。
「尤も、その野良犬を庇うならば、お家断絶の覚悟もなさい。忘れているのかは分からないけれど、わたくしと貴方の婚約には国王陛下が関わっているわ。それに横槍を入れて破綻させようとしたこの女は、既に国王陛下に対しての反逆者よ。それだけでなく、『貴族』のわたくしに許可を得ることもなく名を呼んだわ」
正式に貴族を名乗れるのは爵位保有者のみである。私は子爵であり、領地を治める領主であり、既に数年は私の名で税を納めている。
爵位保有者と、その家族では明確に違いがある。家族は貴族を名乗れない。
「公爵家と侯爵家の婚約を、感情一つで解消出来ると思う軽い頭を持つ女が宜しかったのかしら?」
「いや、そんなことは」
「侯爵様から注意されたのではなくて?貴方はその時点で速やかにわたくしの元へ赴き、謝意を表すべきではないのかしら?」
この婚約の重要性を全くわかっていないのであれば、婚約者を変えることも検討せねばならない。
「わたくしは、野良犬を愛でるような男性は悍ましくて仕方ないわ。躾のなっていない、常識もない、男性であればその尾を振り愛想を振りまくしか能のない野良犬。ああ、皆様もそうでしたのね?野良犬を愛でる趣味をお持ちだから、淑女には興味が無いのね」
嘲笑するような笑みを向ければ、カッと顔を赤くして怒りが込み上げてくるのだろうけれど、仮にこの場で彼等がわたしを罵った場合、彼等は間違いなく家から除籍されるだろう。
「ジュスト様ぁ……みてましたよね!?この女は、こんなにも酷いんですよ!」
「やめるんだ!」
「この女は子爵家の女でしょ!?ジュスト様がなんで遠慮するんですか!」
「……君は、本当に何も知らないのか?」
野良犬の言葉に目を見開いたジュストは、野良犬から逃げるように後退る。
「シルヴィア嬢は、公爵家のご令嬢で、彼女自身が子爵だよ。子爵家の娘じゃない」
「え」
「君は、私の婚約者が君に対して厳しく対応してくると泣きついてきたね……よく考えてみれば、シルヴィア嬢が君を相手にするわけはない。仮に厳しくしても、当然だ……はは……私は、浮かれてしまっていた……」
歳若い令息が、それまでに接したことも無いような異性と触れ合うと魅力的に見えるのだろうけれど、現実に直面した時にようやく理解したのだろう。
「シルヴィア嬢、申し訳なかった……私は、野良犬を愛でるような趣味は、ない」
「そうですか。取り敢えず、野良犬がこの学園にいるのは品と格を落とすわね」
私が視線を彷徨わせる前に、ジュストが手を上げて巡回している騎士を呼んだ。
「ローデン子爵に対しての暴言により、地下牢へ隔離を。余罪もある」
「畏まりました」
野良犬は即座に拘束された。元々騎士達は様子見をしていたのだろうが、呼ばれて理由が明確にはなったので動けたのだろう。
「ジュスト様。二度目はありません」
「恩情に感謝する」
ジュストに手を差し出せば、すぐに近づいて手を取る。彼は私の婚約者なのでフォローするけれど、他の男性は知らない。そこまで面倒を見る義理はない。
野良犬を愛でる嗜好の持ち主と言われるのは余程嫌だったのだろう。首輪を着けるには丁度良い機会だった。
例えば今後、あの野良犬のような女に迫られてもジュストは私の言葉を思い出すだろう。野良犬を愛でる趣味があると、『貴族』の前で言われたら、彼は死ぬまでその評価を受けたまま生きなければならない。
「結婚後、きちんと役目を果たした後であれば愛人をいくら作っても文句は言いませんわよ」
久しぶりにエスコートされながら私がそう告げると、ジュストは黙り込んでしまった。
「どうなさったの?」
「いや……大抵の愛人になるような女性は、君の言う野良犬なのだろうと思うと、愛人を持とうとは思わないな、と思って」
「そうですか」
愛人にも色々事情があるので一概に全員が野良犬とは言わないが、迫ってくる女はもれなく野良犬判定になるだろう。
手綱を握れたのは良かった。これでもジュストのことは気に入っているのだ。顔が良いというのは大事なことだ。
ジュストの顔の良さに免じて一度は許す事にしたのだ。
一度の失敗すら許さないほど狭量ではない。学園という場はある程度の失敗が許される貴重な場だ。
あの野良犬は限度を超えてしまったけれど。
この件以降、婚約者がいることを知りながら近寄る女は「野良犬」と呼ばれ、それに籠絡されるような男性は「野良犬を愛でる嗜好の持ち主」と言われるようになった事で、ある程度の抑止力にはなったようだ。
成り上がりたい娘はあまり気にしていないが、狙われるような男性達は総じてプライドが高い。
悪趣味な嗜好の持ち主だと嘲笑されるのは許しがたかったのだろう。
言い出したのが私だと言うのもあり、文句を言うに言えなかったようで、学園長からも感謝の言葉をいただくほど、とても品行方正になった。
婚約者がいない者同士が恋に落ちる分には大いに歓迎される。中々出会いがないし、成人して夜会で出会うよりは見極める時間がある。
それもまた、この学園の存在意義の一つなのだから。
ジュストは結婚する前も、してからもかなり迫られたりしているが、学園時代が相当の心の傷になったらしく、私が子を産んでも愛人を持つことはしなかった。
それどころか、私に対して不器用ながらも愛情を示すようになっていた。
お陰で、社交界の評判はかなり良い。特に夫人達からジュストは妻一筋だと好感度が高い。
あの時にきちんと対処しておいて良かった。
お陰で今はとても満足の行く日々を過ごせているのだから。
婚約者横取りお花畑脳ヒロイン、タイプの女の子をひたすら「野良犬」と呼び最後まで人間扱いしてません。人間だと思ってないので。
わんさか出てくる常識の無い人を対面で「野良犬2号」とか呼びます。人間扱いをしません。人間なら常識くらい持ち合わせているから。




