配信13回目 「探しています」――私の顔が、知らない投稿に載っていた【前編】
「探しています」という投稿が、三日前から回っている。
見た人間が、翌日から探し始めるらしい。
今朝、私のスマホにも届いた。
*****
「探しています」という投稿が、三日前から回っている。
写真は普通だ。笑顔の若い女。文面は一行だけ。
問題は、その投稿を見た人間が、翌日から「その女を探す行動」を取り始めることだ。無意識に。本人も気づかないうちに。
そして今朝、私のスマホにも、その投稿が届いた。
送り主は、知らない番号だった。
―――
話は数時間前に戻る。
夜見よろず相談事務所は、今日も終わっていた。
積みっぱなしの書類。空の缶。絡まった充電器。呪符の束と配信機材が雑多に混ざる、生活しているのか怪異が巣食っているのか判別不能な空間。そこの掃除を一人でやらされている私、影森ゆら、十六歳。借金四千九百八十万円超。時給三百円。バイト三か月目。
相変わらず全部終わってる。
「ねえ朔夜、今月の明細まだ出てないんだけど」
「来週出る」
「来週って言って先月も出なかったんだよね」
「計算が複雑なんだ」
「複雑な理由が全部私の死亡回数と比例してるよね」
ソファに深く沈んだまま端末を操作していた男――夜見朔夜は、視線も上げずに答えた。
「そういうこともある」
「そういうこともある、じゃないんだよ!」
その時。朔夜のスマホが着信した。
朔夜が画面を一瞥する。その顔が、ほんの少しだけ変わった。温度が一段落ちたみたいな変わり方。
「……真琴から」
「真琴さん? 珍しい」
「珍しくない。ただ、あの人が俺に直接かける時は、たいていろくでもない」
短い通話だった。朔夜はスピーカーにしなかった。でも声が低い部屋の中で、断片は聞こえてくる。
『数字の動きが、怪異案件の時と一緒です』
私は掃除機の柄を持ったまま固まった。
通話が終わる。朔夜が端末を確認する。
「ゆら」
「なに」
「今日の予定、全部消せ」
「は?」
「案件だ」
「また!?」
「今から人が来る」
私は掃除機を床に置いた。
ぬいが窓枠で丸くなったまま、片目だけ開く。
「来る前から嫌な匂いじゃ」
「お前、嗅ぎ分けられるの?」
「顔色で分かる。あやつ、今日の顔がいつもより悪い」
朔夜の顔は、確かに、いつもより少しだけ険しかった。
―――
毒島真琴さんが事務所に来たのは、それから三十分後だった。
黒髪ボブ。やや眠そうな目。パーカーにジャージ、オーバーサイズのトップス。ノートPCを脇に抱えて、スマホを二台持っている。今っぽい無気力系の可愛さというか、部屋着のまま仕事してそうな生活感というか、最初見た時は正直「バイトの子かな」と思った。
でも端末を開いた瞬間だけ、目の温度が変わる。数字を見る顔が、ちょっと怖い。
この人が「数字で怪異を読む」という、私には一生できそうにない仕事をしていることを、私は六話ぶんの案件で学んでいた。
「夜見さん、送ったデータ見ましたか」
「見た」
「どう思いますか」
「怪異だ」
「私もそう思います。本人には言いたくないですけど」
真琴さんがノートPCを開く。画面を私たちに向ける。
「まず元の投稿がこれです。三日前にエクスに上がった。差出人は非公開アカウント。写真は若い女性が一名。文面は一行だけです」
スクリーンに映る投稿。
――「探しています。見かけた方はご連絡ください。」
「これ自体は普通に見えます。でも拡散の数字がここで跳ねてます」
「跳ねた理由は」
朔夜が短く聞く。
「ミリアさんが取り上げたからです。三日前の深夜配信で、"気になる投稿見つけた"って紹介してます」
「それで広まったの?」
「それだけなら普通の拡散です。問題はその後です」
真琴さんがグラフを出す。
「投稿を"見た"人間のうち、翌日に"探す行動"を取った人間の割合。通常の善意リツイートや好奇心でのシェアとは、明らかに違う動き方をしてます」
「どう違う」
「自発的じゃないんです。見た後、本人も気づかないうちに、その人物を探し始めてる。連絡を取ろうとする。その場所へ向かう。理由を聞くと全員、"なんとなくそうしたくなった"と答えてます」
ぬいが低く唸る。
「見たら、探す側になる怪異じゃ」
「私はそういう言い方したくないですけど、数字的にはそうです」
朔夜が腕を組む。
「感染の入口が"見ること"なら、拡散するほど被害が広がる」
「はい。そして三日前から現在まで、ミリアさんが配信で視聴者に見せ続けてます」
部屋が少しだけ静かになった。
「あと、もう一個あります」
真琴さんが続ける。声のトーンが落ちた。
「探す対象が、増えてます」
「増えた?」
「最初は一人でした。でも昨日から。感染した人間が、"次の探す対象"を投稿し始めてるみたいで。今、三人になってます」
私は声が少し固くなるのを感じた。
「その三人、今どこにいるの」
「不明です。全員、昨夜から連絡が取れなくなってます」
―――
朔夜がミリアに連絡を入れた。
応答なし。
代わりに、ミリアの配信通知が飛んできた。
タイトルは――**「【緊急配信】"探しています"の女性、発見しました」**
「……やってる」
「今から現場に入ってます」
真琴さんが言う。
「場所は?」
「この街の旧繁華街の外れにある古い商業ビルです。廃墟系の映えスポットとしてインスタムで流行ってた場所で。感染した三人が全員、そこへ向かってるみたいで」
朔夜が立ち上がった。
「行く」
「私は?」
「来い」
「やっぱりそうなんだよな!」
真琴さんも立ち上がる。
「私も行きます」
「現場は向かない」
「分かってます。でも配信データのリアルタイム監視は現地の方が精度が上がります」
朔夜が真琴さんを一瞥する。
「体調崩しても知らん」
「崩す前に帰ります。その判断だけは早いので」
「それだけは正しい」
ぬいが私の肩に飛び乗る。
「わしも行くぞ」
「役に立つ?」
「今回ばかりは、立つかもしれん」
「"かもしれん"って言った」
「保証はせん」
「知ってた」
―――
夜の商業ビルは、遠くから見るだけで分かった。
かつて飲食店や雑貨店が入っていたらしい構造。今は全部シャッターが閉まっている。でも廃墟映えスポットとして有名なのか、床には空き缶や紙くずが落ちていた。
ゆらの現場感覚として、正直に言うと。
建物の外からでも、空気が違った。廃墟の古さや湿気じゃない。もっと違う種類の「重さ」がある。ぬいが肩の上で鼻をひくつかせた。
「……濃い」
「怪異?」
「人の、探してる気配じゃ。何人かが、ここで同じ方向を向いとる」
入口近くで、配信機材の明かりが見えた。
そして、ミリアがいた。
紅坂ミリアは、今日も見た目だけは完璧だった。赤と黒の衣装。長い髪。カメラ映え特化の顔と衣装で、ネイルまで戦闘装備みたいだ。ただ、配信カメラを持っている時だけ、目元がさらにきつくなる。「私の方が絵になる」という顔を、いつもしている。今日もしていた。
「夜見。来たの」
振り返りながら言う。
「呼んでない」
「知ってる。でも来た」
「……やめろ。配信を止めろ」
「理由を言えば止める」
「視聴者への二次感染リスクがある。投稿を見た視聴者が全員、感染候補になってる」
ミリアの顔が、ほんの少しだけ変わった。でも、止めない。
「証明できる?」
「できない。だが俺の見立てはそうだ」
「証明できないなら、私には止める理由がない」
真琴さんがミリアの横に立つ。
「ミリアさん。今この配信を見てる視聴者の数、把握してますか」
「……把握してるけど」
「視聴者のうち、今夜この場所に向かってる人間が何人いるか。その数は把握できてますか」
ミリアが少しだけ黙る。
「言いたいことは分かった。でも私はまだ、これが怪異だとは確認してない」
「してから動いたら遅いです」
「だから今確認してる」
朔夜が短く言う。
「勝手にしろ。ただし建物の中には入るな」
「……入らない。今のところは」
今のところは、か。
その言い方が嫌だと思いながら、朔夜・ぬい・私でビルの中へ入った。真琴さんは入口付近でPC監視に残る。
―――
ビルの内部は、外より暗かった。
シャッターの閉まった店舗が並ぶ廊下。蛍光灯は半分切れている。床に廃材が積まれていて、足元がおぼつかない。匂いは埃と古いコンクリート。普通の廃墟の匂いだ。
だけど廊下の奥から、空気が違う。
「……人がいる」
私の声が先に出た。
廊下の奥、壁際に人が立っていた。
一人じゃない。三人。
全員、同じ方向を向いている。ビルの奥。奥の奥。壁に向かって、じっと立っている。
動かない。でも生きている。呼吸している。
「あれ、感染した三人?」
「たぶんな」
「完全に感染してる?」
「……向こう側を向いてる。もう半分、引き込まれてる」
ぬいが耳をひくつかせる。
「目が、開いとらん」
「立ってるのに?」
「立ったまま、見ている夢の中にいる。起こせるが、乱暴にやると壊れる」
朔夜が慎重に一人に近づこうとした。
その瞬間。
三人が一斉に振り返った。
目が開いていた。でも焦点がない。
全員が、私を見た。
ゆらだけを、見た。
「……え」
「影森、下がれ」
「なんで私だけ見てるの」
「下がれ」
三人が同時に一歩、私に向かって踏み出す。
朔夜が術を組む。"位相固定"。三人の動きが止まった。
止まった。
でも。
私のスマホが、光った。
開いていないのに、画面が光る。
通知。
見てしまった。
画面に一枚の投稿が浮かんでいた。
――「探しています。」
写真は、今夜の服装の、私だった。
「……は?」
その瞬間、止まっていた三人のうち一人の手の中で、スマホが光った。
「撮ったぞ!」
ぬいが叫ぶ。
「引き込まれる、カメラを――」
視界が、一瞬、白くなった。
引っ張られる感覚がした。
向こう側からじゃない。自分の中から。
魂の一部を、写真として切り取られた感覚。
「っ……」
膝が折れる。
朔夜が駆け寄ろうとする。でも術の維持で手が塞がっている。
三人の動きが再開した。
一人が走ってくる。目に焦点がない。でも動きは速い。まっすぐに、私に向かって。
ぬいが飛びかかるが、弾かれる。
感染者の手が私の腕を掴んだ。
冷たい。人間の手なのに、冷たい。
引きずられる。廊下の端。段差がある。
「待って――」
間に合わなかった。
段差から落ちた。頭を打った。
床が冷たい。コンクリートの冷たさ。
視界の端で、朔夜が術を全部解いてこっちへ走ってくるのが見えた。
間に合わなかった。
痛みより先に、静けさが来た。
音が遠くなる。ぬいの声。朔夜の声。届かなかった。
意識が落ちる直前。
スマホの画面が、また光った。
**「探しています。」**
**写真:影森ゆら**
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数字だけが、意識の端で増えていくのが見えた。
それが最後だった。
―――
入口付近で待機していた真琴さんのノートPCに、アラートが鳴った。
新しい投稿。
開く。
写真を見て、真琴さんの顔から表情が消えた。
外でミリアが近づいてくる気配がした。真琴さんがPCを向ける。
二人とも、黙った。
画面には、ゆらの顔が載っていた。今夜の服装で。廃ビルの廊下で。
**「探しています。」**
ミリアが、初めて、配信カメラを下ろした。
つづく
*****
■今回の登場人物
・影森ゆら
今回は撮られて死にました。自分の投稿が拡散し始めるのを、意識の端で見ながら落ちました。最悪の終わり方です。
・夜見朔夜
術の維持と救助が両立できなかった回。本人は一番それを分かっています。
・ぬい
弾き飛ばされても叫んでいた。今回はそれだけで十分です。
・毒島真琴
数字で怪異を読む配信編集担当。今回は事務所の外まで出てきました。データのアラートが鳴るまでは、怪異を「素材」として処理していました。写真を開いた後の顔が、違いました。
・紅坂ミリア
今回、配信を止めませんでした。でも最後に、カメラを下ろしました。
■今回の怪異
「探しています」怪異。投稿を見た人間が翌日から「探す行動」を取り始め、完全感染すると次の探す対象を投稿し始める連鎖型の怪異です。ミリアの配信を経由して拡散し、現在も増え続けています。感染者が撮影した写真が怪異の媒体になるため、ゆらの写真が投稿に使われました。続きは後編です。




