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婚約者に不倫されて捨てられたので静かに消えたら、隣国の冷酷王子に拾われて過剰に溺愛されながら元婚約者たちを地獄に落とすことにしました

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/06

 ねぇ、どうしてそんな顔をしているの?

 泣きたいのは、こっちの方なのに。

 大理石の床に落ちるヒールの音が、やけに響いた。王宮の舞踏会場。煌びやかな灯りの中で、私はただ一人、取り残されている。

「リシェル・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄させてもらう」

 その声は、よく知っているはずなのに、ひどく遠く聞こえた。

 婚約者カイル・レインフォード。かつては、私の未来そのものだった人。

「……理由を、お聞きしても?」

 喉が焼けるように痛い。けれど声は、思ったよりも冷静に出た。

 カイルは、私を見下ろしながら、隣に立つ女の肩を抱いた。

「単純な話だ。俺は彼女を愛している。お前のような、感情の薄い女とは違ってな」

 その女セリーナ・グレイスは、わざとらしく涙ぐんで見せた。

「ごめんなさい、リシェル様……でも、カイル様を愛してしまったの……」

 あぁ、そう。

 不倫。裏切り。陳腐で、救いのない結末。

「……そうですか」

 笑えた。

 自分でも驚くほど、自然に。

「でしたら、ご自由に」

「なっ……」

 驚いたのは、カイルの方だった。

 私が泣き縋るとでも思っていたのだろうか。

「ただし——」

 一歩、踏み出す。

 ドレスの裾が、静かに揺れた。

「その選択が、どれほど愚かだったか。いずれ、思い知ることになるでしょう」

 それだけ告げて、私は踵を返した。

 背後で何かを叫ぶ声が聞こえたけれど、もうどうでもいい。

 

全部、終わったのだから。

◇◇◇

 夜。

 屋敷に戻ることはなかった。

 あの場所に、もう私の居場所はない。

 家族も、婚約者も、すべてが私を切り捨てた。理由は単純だ。政略としての価値を失ったから。

「……本当に、くだらない」

 呟きながら、私は森へと足を踏み入れる。

 月明かりだけが頼りの、静かな闇。

 このまま、どこかへ消えてしまおうか。

 そんな考えが、ふと頭をよぎる。

「それは、あまりにも惜しいな」

 低く、澄んだ声がした。

 反射的に振り返る。

 そこにいたのは、一人の男だった。

 黒い外套を纏い、銀の髪が月光を受けて淡く光る。

「……どなたですか」

「名乗る前に、確認したい。君がリシェル・ヴァルディアで間違いないか?」

 警戒しながらも、頷く。

「そうですけれど」

 男は、ゆっくりと微笑んだ。

「やはり。噂通りだ。……いや、噂以上だな」

 その視線は、妙に熱を帯びていた。

「俺はアルヴェイン。隣国レグナードの第一王子だ」

 王子。

 それも隣国の。

 どうして、こんな場所に。

「君を迎えに来た」

「……は?」

 間の抜けた声が出た。

「正確には、拾いに来た、か。君は今、行き場がないだろう?」

 図星すぎて、言葉を失う。

「安心しろ。君に不利益はない。むしろ……」

 彼は一歩、近づいてきた。

「俺が、全てを与える」

 その言葉は、あまりにも傲慢で。

 なのに、妙に真実味があった。

「……なぜ、私に」

「興味があるからだ」

 即答だった。

「裏切られても尚、その目を失わない女。そういう存在は、そう多くない」

 彼は、私の顎に触れた。

「それに——」

 視線が絡む。

「復讐したいのだろう?」

 胸の奥に沈めたはずの感情が、揺れた。

 否定できない。

 したくないと言えば、嘘になる。

「……えぇ」

 小さく、けれど確かに答えた。

「なら、俺の元へ来い。力も、地位も、全部やる」

 差し出された手。

 それは、甘い罠のようで。

 同時に、唯一の道にも思えた。

「……後悔しませんか?」

「するわけがない」

 断言。

「むしろ、後悔させるなよ?」

 不敵に笑う。

 あぁ、この人は——

「……分かりました」

 私は、その手を取った。

「あなたに、賭けます」

 その瞬間、世界が変わった気がした。

◇◇◇

 それからの私は、別人だった。

 アルヴェインの庇護のもと、力を手に入れた。政治、情報、そして何より——彼の絶対的な後ろ盾。

「リシェル、これを見ろ」

 差し出された書類には、見覚えのある名前。

「……カイルと、セリーナ」

「あぁ。なかなか面白いことになっている」

 目を通す。

 そこに記されていたのは、破滅の序章だった。

 カイルは、政略を軽視したことで家から見放され、地位を失い。

 セリーナは、社交界での悪評が広まり、孤立している。

「……随分と、早いですね」

「俺が少し手を回した」

 さらりと言ってのける。

「君の望みなら、もっと徹底的に潰すこともできる」

 その瞳は、どこまでも冷たい。

「どうする?」

 問われる。

 私は少しだけ考えて、

「いいえ」

 首を横に振った。

「十分です」

 そして、微笑む。

「彼らには、自分たちで堕ちていってもらいましょう」

 その方が、よほど残酷だ。

「……いい顔だ」

 アルヴェインは満足そうに頷いた。

「やはり、君は最高だ」

 距離が近い。

 自然と、彼の腕に引き寄せられる。

「少しは、自覚したか?」

「何をですか」

「俺が、どれだけ君に執着しているか」

 さらっと、とんでもないことを言う。

「……知りません」

「なら、教えてやる」

 耳元で囁かれる。

「君は、もう俺のものだ」

 鼓動が、跳ねた。

 けれど、嫌じゃない。

 むしろ、どこか安心している自分がいる。

「……勝手ですね」

「今さらだろう?」

 くすり、と笑う。

「だが、安心しろ。君を手放すつもりはない」

 強く、抱きしめられる。

「絶対に」

 その言葉は、鎖のようで。

 同時に、温もりでもあった。

 もう、失うものはない。

 ならば__________


「……えぇ、構いません」

 私は、彼に身を委ねる。

「あなたの望むままに」

 復讐は終わった。

 けれど、物語はまだ続く。

 今度は……奪われる側ではない。

 奪い、愛され、支配する側として。

 


新しい人生を、ここから始める。

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