上原高志氏がネオファースト生命(現・第一ネオ生命)の代表取締役社長に就任した半年後の2024年10月に、CIOとして入社したラジャン・ナンダ氏。以来、上原氏と共にデジタル前提の組織改革を牽引している。ナンダ氏は、第一ネオ生命の現在地と未来図をどのように捉え、システムのモダナイゼーションを推進してきたのか。話を聞いた。
30分の面談で入社を決断。
役割を明確にして
改革を支援
── 入社のきっかけは、第一ライフグループのグループCIO兼CDOであるスティーブン・バーナム氏の紹介だったそうですね。その後、上原氏とのたった30分の面談で入社を決断されたそうですが、何が決め手になったのでしょうか。
ラジャン・ナンダ氏(以下、ラジャン) 私はこれまで、銀行や生命保険会社など、複数の金融機関でエンジニアとしてキャリアを重ねてきました。自身のライフプランとして、40歳を過ぎたら日本企業に就職したいと考えていました。なぜなら、日本で働き、暮らすうちに、日本への信頼と感謝の思いが募り、スキルを生かして日本に恩返しをしたかったからです。
バーナムは前職で共に仕事をした仲で、そんな私の思いを知っていたこともあり、私のキャリアやスキル、システムのモダナイゼーションについてもある程度の経験値があるということを踏まえ、声をかけてくれたのだと思います。それがちょうど、私が40代に入る年で、チャレンジには良い機会だと思い、上原と会うことを決めました。
上原からは最初の面談で、第一ネオ生命で実現したい変革の方針、課題認識、つくりたいシステムと開発の進め方について、話を聞きました。彼のビジョンは明確で、私がエンジニアとして目指したい方向性とも一致しており、上原となら良いコンビネーションでスピーディーに変革を実現できるのではないかと、直感的に思いました。30分ほどの短い面談でしたが、面談を終える頃には、入社の意思は固まっていました。
実は、このとき私は、上原が入社してまだ数カ月だったということは知りませんでした。後でそれを聞いて驚きましたね。
第一ネオ生命保険 常務執行役員 兼
Chief Information Officer
ラジャン・ナンダ氏
2006年4月アンナ大学(インド)卒業。卒業後はインドの大手IT企業に入社し、ソフトウエア・エンジニアとしてインド、米国、欧州、シンガポールなどで外資系企業に勤務。2012年に来日し、18年にメットライフ生命保険に入社、23年1月、同社執行役員システム・エンジニアリング・グループ長に。24年10月ネオファースト生命保険(現・第一ネオ生命保険)執行役員 兼 デジタルエンジニアリング部長、及び、第一生命テクノクロス(現・第一ライフテクノクロス)執行役員に就任。26年4月より現職。
── 第一ネオ生命のDX、システムのモダナイゼーションを牽引するCIOとして入社されました。まずはどのようなことから始められたのでしょうか。
ラジャン 私が入社したことで、 IT分野における高度な専門スキルと経験を有する人財によって構成された専門組織としてデジタルエンジニアリング部が新たに立ち上がりました。メンバーは、私と上原がスカウトしたエンジニアの2人のみ。最初の仕事は、システム開発に使える高性能PCを購入すること、スマートフォンでも仕事ができるようなシステム環境を整備することでした。まさにゼロからのスタートでした。
また、私はCIOとしてこの変革をどう支援すべきか、自身の果たすべき役割を定義すべく、自らジョブ・ディスクリプション(職務記述書)の案を作成し、上原に提案しました。上原は「ビジョンと戦略(What)」を提示し、私はその実現に向けた「計画と実行(How)」を担う。こうした役割分担を文書として整理したことで、お互いの権限と責任範囲が明確になり、第一ネオ生命としての意思決定がスムーズに進むようになりました。お互いに外出が多いこともあり、上原とは週に1度30分くらい会うだけで、コミュニケーションの大半はチャットでやりとりしていました。
アジャイル方式と内製化が
改革の重要なカギ
── 第一ネオ生命がシステムのモダナイゼーションにより目指しているのは、「全てがAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)でつながる世界」とのことですが、CIOとして、どのような計画と実行を決断されたのでしょうか。
ラジャン 第一ネオ生命は、上原が入社する前からDXを進めていました。けれども、もともとのシステムが古い上に、部分最適なやり方だったため、全体のシステム構成が非常に複雑になっていました。また、社内に50人規模の情報システム部門が存在していたものの、ベンダーへの依存度が高く、ごく小さな機能追加や改修だけでも、膨大なコストがかかっていました。
上原から提示された2030年までのゴールの1つであるユニットコストの半減のためには、古いシステム構成を変えなければなりません。それには、アジャイル方式での開発、つまり、システム全体の仕様を完璧に固めるのではなく、システムを機能単位で小さく分割し、短い開発サイクルを回しながら柔軟に開発を進める手法が必要であり、かつ、それをスピーディーに進めるためには、社内のエンジニアが開発を手がける内製化が重要なカギになると考えました。
内製化には、ベンダー依存からの脱却、開発スピードの加速、開発コストの抑制など、さまざまなメリットがあります。何より大きいのは、設計・開発のノウハウを社内に蓄積できること。社内に技術を十分に理解した人材が育つことで、組織として技術への理解が高まります。
けれども、当時社内には、自らの手を動かしてプログラムを開発した経験のあるスタッフはほとんどいませんでした。上原が想定する変革のスケジュールに合わせるためには、社内のスタッフのリスキリングでは間に合わない。そこで、外部から優秀なエンジニアを新規に採用することを決断しました。ただ、内部での作業にこだわるのは設計の部分で、実装には信頼できる外部のパートナー企業にも協力してもらうという方針にしました。
現在デジタルエンジニアリング部には、採用した人材とパートナー企業からの派遣を合わせて、約95人のエンジニアが在籍しています。今後は、社内の業務部門やシステム部などからもリスキリングを通じて約30人がチームに加わる予定で、約125人体制でシステムのモダナイゼーションを進めていきます。
「テクノロジー会社が保険を売る」
第一ネオ生命が
そのモデルに
── 入社間もなくダイナミックな改革を実行するというのは、簡単なことではないと思います。工夫されたこと、重視されていることはありますか。
ラジャン 最初に社員に課題を認識してもらったことがカギだったと思います。過去や今が悪いわけではないけれども、持続可能な状態ではない。今変わらなければ、今後の市場競争を勝ち抜くことはできない。社員へ現状をそのように説明したところ、盲点だったと納得してくれました。
さらに、私は社員との対面でのコミュニケーションを大切にしています。特に入社してすぐの頃は、たとえ顔を見て話していても、相手が私の話に納得しているのか懸念を抱いているのかが判断できませんでした。ましてや、面識のない人とメールやチャットでやりとりするのは非常に難しい場合があります。ですから、会社にいるときには、席に足を運んで直接話をするようにしています。
アジャイル開発では、トップダウンとボトムアップが一致しているかどうかがキーポイントになります。社員全員が当事者意識を持ち、丁寧に意思疎通を図り、合意の上で前に進めていくことが欠かせません。そこで第一ネオ生命では、世界的なアジャイルのフレームワークをカスタマイズした開発体制として、3カ月ごとに実施する「PIP(Program Increment Planning)」と、月次で実施する「PdMC(Product Management Committee)」という、2つの会議体を構築しました。この仕組みが機能し始めたことで、第一ネオ生命には、社員一人ひとりがオーナーシップを持ち、変化に対して柔軟に対応していく強い組織文化が、確実に根付き始めています。
── デジタルを前提とした組織改革を始めて約2年、第一ネオ生命の現在地と今後の展望についてお聞かせください。
ラジャン 現在地としては、モダン化システムの基盤が概ねできあがってきたところで、ここから本当のDXが始まります。カスタマーエクスペリエンスが大きく変化するのは、26年度の半ば頃からの予定です。さらにその後は、AIの導入も進めていきます。数年後には、お客さまがコンタクトセンターに電話すると、ボットが挨拶をして、その場で手続きを完結させて、というようなことを実現したいです。
第一ライフグループのグループCEOである菊田からは、「抜本的なDXに向けて、ぜひこれからは、テクノロジー会社が保険を売るというマインドセットにシフトしてください」という力強いメッセージをもらいました。その心持ちで私たち第一ネオ生命はさらにDXを推し進めていきます。