「ストレスフリー」という幻想―ゼロにはなりえないストレスとの "賢いつきあい方"

ストレスに悩まされた状態から、ストレスを成長の糧に変えた変化のイラスト

暑い日に、私たちはどうするでしょうか。

日陰を選んで歩く、エアコンをつける、プールに飛び込む、冷たいものを飲む——状況に応じて、付き合い方を変えますよね。「暑さを消そう」なんて発想は、誰ももちません。だって暑さは、夏という季節のなかで起きている自然現象だから。

ところが、ストレスについては事情が違います。「ストレス解消」「ストレスフリーな働き方」——書店にもネット記事にも、ストレスを「消すべきもの」「敵」として扱う言葉があふれています。私たちはいつの間にか、ストレスだけは「ゼロにしよう」と戦いを挑んでしまっているのです。

でも、もしストレスも暑さと同じ「自然現象」だったとしたら? 戦う相手ではなく、付き合い方を工夫する対象だったとしたら?

本記事では、ストレスをめぐる科学的な発見をたどりながら、「消す」発想から「付き合う」発想への切り替え方を考えていきます。読み終わるころには、ストレスとの向き合い方がまるごと変わっているはずです。

ストレスは「ひずみ」――物理学が教えてくれる本当の意味

「ストレス解消」という言葉の奇妙さは、語源にさかのぼるとよく見えてきます。

「ストレス」はもともと物理学の用語で、物体の「ひずみ」を意味します。たとえば風船を押すとへこみますが、このひずんだ状態がストレス(状態)、押す力がストレッサー(原因)です。

この概念を、ハンガリー系カナダ人の生理学者ハンス・セリエ博士が医学に取り入れ、「外部からの刺激によって体に生じる非特異的な反応の総称」をストレスと定義しました。*1

つまりストレスとは、外から力が加わったときに体に生じる「ひずみ」そのもの。風船にかかる力をゼロにできないのと同じで、生きているかぎり、外からの刺激は避けられません。

ここまで読んでお気づきでしょうか。ストレスは、まさに暑さや寒さ、騒音と同じ「自然現象」なのです。だからこそ「ゼロにする」という発想は、そもそも筋違い。暑さをゼロにしようとせず、エアコンや日陰で付き合うのと同じで、ストレスもまた「どう付き合うか」を設計する対象なのです。

変えられるのは、ストレスの量ではなく、そのひずみをどう受け止め、どう処理するか。物理的な負荷の重量は同じでも、心の持ちよう(評価・解釈)次第で、感じ方はまるで変わります。

ストレスを物理学的に考えているビジネスパーソンとそうでない人の差

幸せを感じている瞬間にも、ストレス度は高く出ている

「ストレスは消せない自然現象」と言われても、まだ半信半疑の方もいるかもしれません。「いやいや、好きなことをしている時間は、ストレスゼロでしょ?」と。

ところが――科学はその直感も裏切ります

慶應義塾大学教授で工学・医学博士の満倉靖恵氏は、感情をリアルタイムで可視化できる脳波測定装置(感性アナライザ)を開発し、さまざまなシーンで脳波を観察しました。その結果、こんな事実が浮かび上がってきたのです。*2

  • ポジティブな感情で高まる脳波(満足度・快適度・集中度・好き度)はゼロになることがある一方、ネガティブな感情で出る脳波(ストレス度・嫌度・不快度)が完全に消えることはなかった
  • ポジティブな刺激で高まる脳波は緩やかに上がるが、ネガティブな刺激で高まる脳波は素早く上昇する
  • ポジティブ脳波はすぐ低下するが、ネガティブ脳波は高いレベルで維持し続ける
  • 自分が好きなことをするとポジティブ脳波の数値は高まるが、その幸せな気分であっても「ストレス度」の数値も高く出ている

注目すべきは最後の項目。幸せを感じている瞬間にも、ストレス度はちゃんと出ているのです。「リラックスタイムこそストレスゼロ」という素朴な信念は、脳波計の前であっさり崩れてしまう。

満倉氏も「どれだけ幸せを感じたとしても、ストレスは手放せない」と結論づけています。*2

これは、エアコンの効いた部屋にいても外気温が35度であることに変わりはない、というのと似た話です。暑さも、ストレスも、消すことはできない。できるのは、付き合い方を工夫することだけ。だから、消えないものを消そうと戦うより、そこに居続ける前提で、賢く扱うほうがずっと得策です。

たとえばストレスを感じたとき、「いま自分が挑戦していることを体が教えている」と考えてみてはいかがでしょう。負荷ではなく、単なる状態の認識に変わるはずです。

「有益だ」と思っただけで、体の反応が変わる

では、その「付き合い方」を変えると、何が起きるのでしょうか。

ここでひとつ、衝撃的な研究をご紹介します。「ストレスは有益だ」とただ考えるだけで、体の反応そのものが変わってしまう。そんな結果が報告されているのです。

スタンフォード大学の心理学准教授アリア・クラム氏の研究によれば、以下のような違いが確認されました。*3

 
 
 
  • コルチゾール(ストレスホルモン)の反応
    「ストレスは有益」と考える人は、ストレスのかかる状況下で、コルチゾールの分泌がより穏やかになる。
    「ストレスは有害」と考える人は、反応が過剰になったり、逆に反応しなさすぎたりする傾向がある。

  • 行動の変化(フィードバックの受容)
    「ストレスは有益」と考える人は、ストレス下であっても他者の意見を積極的に求め、受け入れようとする傾向がある。

つまり、考え方ひとつでホルモンの出方すら変わる。「気の持ちよう」というレベルの話ではなく、生理的反応にまで影響しているのです。

クラム氏は、こうしたストレスの前向きなとらえ方が「長期的な学習と成長に有益となる」と主張しています。*3

これを知ったあとで、もう「ストレスは有害だ」と無条件に断言できるでしょうか。付き合い方ひとつで、体の出方まで変わるのです。暑さに対して「日陰に入る」「冷たい飲み物を選ぶ」と工夫するように、ストレスにも賢い付き合い方がある、ということです。

ストレスのとらえ方を変えている様子

「良いストレス」もあるって、知ってましたか

付き合い方が大事だという話をしてきましたが、ここで意外な事実をひとつ。

そもそもストレスには、最初から「良いストレス」と「悪いストレス」の2種類が存在するのです。

前出のセリエ博士は、ストレス研究のなかで「ユーストレス(Eustress)」という概念を提唱しました。「良いストレス」のことです。具体的には「生理的・認知的変化をプラスに促し、最適なパフォーマンスを可能にするタイプのストレス」を指します。その対極にあるのが、悪いストレス「ディストレス(Distress)」。それぞれの詳細は以下のとおり。*4

 
  • ディストレス(ネガティブなストレス反応)
    要求、損失、または脅威の認識によって圧倒されることから生じるストレスの一種。深刻な健康リスクをもたらす可能性がある。

  • ユーストレス(ポジティブなストレス反応)
    挑戦的でありながら達成可能で、楽しく、価値のある課題から生じるストレスの一種。たとえばスポーツイベントへの参加、スピーチなど。達成感や充実感を生み出し、成長、発達、熟達、そして高いパフォーマンスを促進する。

結婚式、昇進、新しい趣味への挑戦——緊張するけれど、心が躍るような場面。これらは全部ユーストレスです。つまり「ストレスを感じている」からといって、それが悪いものとはかぎらない。むしろ、人生の節目にこそ、ユーストレスは現れます。

暑さに「夏の海で気持ちいい暑さ」と「熱中症になりそうな暑さ」があるように、ストレスにも質の違いがある。だから大切なのは、ディストレスとユーストレスを見分け、それぞれにふさわしい付き合い方をすることなのです。

暑い日にプールへ飛び込むように――ストレスを使う3つのステップ

ここまで読むと、ストレスとの向き合い方が、ずいぶん変わって見えるのではないでしょうか。消せないし、付き合い方ひとつで体の出方も変わるし、そもそも「良いストレス」も存在する。

つまりストレスは、暑さや寒さと同じ自然現象。あとは、暑い日にプールへ飛び込むように、状況に応じた賢い付き合い方を選ぶだけです。最後に、前出のクラム氏らが紹介している「ストレスと上手に付き合い、自己成長につなげる3つのステップ」を見ていきましょう。*3

1. ストレスに名前をつけて存在を把握

ストレスに名前をつけて認識することで、感情的反応から理性的な対応へと切り替わる。避けるのではなく、自分の反応に気づき、向き合うことが重要。

2. ストレスの先の大事なことを自覚する

強いストレスは、重要なことに向き合っている証拠でもある。それを受け入れることで、困難のなかに意義や前進する力を見いだせる。

3. ストレスのとらえ方を変えて利用する

ストレス反応は本来、集中力やパフォーマンスを高めるもの。不安を有益なものととらえ直すことで、成長や成果につながる。

つまり——

ストレスは避けるべきものではなく、扱い方によって意味が変わるものです。認識し、受け入れ、活かすというプロセスを踏むことで、単なる負担は成長のエネルギーへと転換されます。重要なのは、反応に振り回されるのではなく、主体的に向き合う姿勢です。

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暑さも寒さも、私たちは消そうとはせず、上手に付き合う術を身につけています。ストレスもそれと同じ。消す対象ではなく、付き合う相手として受け止め直したとき、あなたの仕事や学びは次のステージへ進めるはずです。

よくある質問(FAQ)

Q. ストレスをゼロにすることはできますか?

ほぼ不可能と考えられています。慶應義塾大学・満倉靖恵氏の脳波研究では、好きなことをして幸せを感じている瞬間でも「ストレス度」の数値は高く出ており、ネガティブな脳波が完全に消えることはなかったと報告されています。ストレスは消すものではなく、上手に付き合う対象としてとらえるのが現実的です。

Q. 「ユーストレス」と「ディストレス」の違いは何ですか?

ユーストレスは「挑戦的でありながら達成可能で、価値のある課題から生じる良いストレス」で、成長やパフォーマンス向上を促します。スピーチや昇進、新しい趣味への挑戦などが該当します。一方ディストレスは「圧倒される感覚から生じる悪いストレス」で、健康リスクをもたらす可能性があります。両者を区別できると、自分の状態を客観視しやすくなります。

Q. 「ストレスは有益」と考えるだけで、本当に効果があるのですか?

スタンフォード大学のアリア・クラム氏の研究によれば、「ストレスは有益」ととらえる人は、ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌が穏やかになり、他者からのフィードバックも積極的に受け入れる傾向があると報告されています。とらえ方の変化が、生理的反応と行動の両方に良い影響を与えることが示されています。

Q. ストレスを成長につなげるには、何から始めればよいですか?

クラム氏らが推奨する3つのステップが有効です。①ストレスに名前をつけて存在を把握する、②ストレスの先にある「自分にとって大事なこと」を自覚する、③ストレスを集中力やパフォーマンスを高める味方ととらえ直す——この順で取り組むことで、ストレスは負担から成長のエネルギーへと転換されていきます。

(参考)

*1: 東京薬科大学|ストレスとは何か?
*2: PHPオンライン|好きなことをしてもイライラが消えない 脳波が示す“不機嫌”の整え方
*3: DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー|ストレスと上手に付き合い、自己成長につなげる3つのステップ
*4: American Psychological Association (APA)|Distress vs Eustress

【ライタープロフィール】
藤真唯

大学では日本古典文学を専攻。現在も古典文学や近代文学を読み勉強中。効率のよい学び方にも関心が高く、日々情報収集に努めている。ライターとしては、仕事術・コミュニケーション術に関する執筆経験が豊富。丁寧なリサーチに基づいて分かりやすく伝えることを得意とする。