世界中で熱狂的人気の「OpenClaw」の秘密を探る 長谷佳明
中国のコンピューターの技術愛好家の間で「養龍蝦(ヤンロンシア)」という新しいブームが起きている。中国語で「養」は「飼う」、「龍蝦」は「ロブスター」で、「ロブスターを飼う」という意味になる。
もちろん、生きたロブスターを飼うのではなく、ここでは、自分だけのAIエージェントを作り出し、育成することを意味している。背景には、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOが、3月に同社最大の年次イベント「GTC2026サンノゼ」の基調講演で称賛した新興技術「OpenClaw」の存在がある。「Claw」は「爪」で、OpenClawのアイコンが「ロブスター」なのだ。
自分だけのAIエージェントを作れる
OpenClawとは、オーストリアのコンピューターエンジニアのピーター・シュタインベルガー氏が、2025年11月に公開したAIエージェントを作り出すための実行基盤である。
AIエージェントのもととなる好みのAIモデルと、AIエージェントの材料となる「Skills」と呼ばれる関連ツール、そして、AIエージェントの個性を定義する設定ファイルを組み合わせると、OpenClaw中で「自分だけのAIエージェント」が出来上がる。そして、このAIエージェントは、記憶を持ち、使えば使うほど自分をよく知る存在になる。
ただしOpenClawは、完成された製品ではなく、あくまで試作で、個人の責任で導入して利用するものだ。現時点では、その技術を”娯楽”として楽しむために開発されたものある。ではなぜ、試作品がそれほど魅力的なのか。
OpenClawは、個人のパソコンにインストールして利用できる。そして自分好みに“育成”できる。今はやりのAIエージェントが手元の環境で動作することは、技術愛好家にとって非常に魅力的なのだ。
OpenClawのAIエージェント機能の推論をどこで実行するかは設定次第だ。オープンAIなどのクラウドサービスも併せて利用できる。手間はかかるが、AI向けに十分なリソースを備えたコンピューターを用意して、AIの推論をローカルで行うこともできる。
2000年前後のLinuxのような熱狂
もう一つ、OpenClawが高い注目を集めた理由には拡張性の高さもある。日本でも利用者の多いLINEや海外で人気のDiscord、WhatsApp、WeChatなど、日常生活で利用するさまざまなコミュニケーションサービスと接続できる。一度設定すれば、例えば外出先からペットカメラを通じて自宅にいる愛犬を確認するように、AIエージェントと常時会話できる。
また、OpenClawが公開するClawHubと呼ぶサイトを通じて、好みのSkillsを選択して取り込めば、Gmailの読み込みや作成、ブラウザーの操作などもできる。AIエージェントがコンピューターを操作し行動する様子は、さながら自らが”創造主”として、この世にAIエージェントを誕生させ、コンピューターという体を与えた感覚ともとれる存在感がある。
冒頭で取り上げた、中国での「養龍蝦」のような熱狂は、世界中に広がっている。Claw会議(ClawCon)は、サンフランシスコやニューヨーク、そして東京でも3月末に開催。シンボルであるロブスターの爪を手にはめたり、頭にロブスターの帽子をかぶったりして、開発者であるシュタインベルガー氏を迎えた。2000年前後のオープンソースの一大ムーブメントの中で、Linuxの父であるリーナス・トーバルズ氏に向けられた熱狂を彷彿(ほうふつ)とさせる。
技術愛好者らが思いのままにソフトウエアを改良し、新たな技術を実装し、それを世に問う姿は、AI版のオープンソースにどこか欠けていた、草の根的な開発者の参画と、新たなムーブメント(熱狂)へとAIを昇華する、大きな可能性を感じる。
セキュリティーには注意が必要
ただ、この熱狂を悪用しようとする者も残念ながら存在する。イスラエルのセキュリティー企業KOI Securityが26年2月に公開したブログによると、OpenClaw向けに開発された拡張機能Skillsの中身を分析したところ、マルウエア(悪意のあるプログラム)が300件以上発見されたのだ。コンピューターにウイルスを感染させたり、ユーザーの認証キーを不正に取得したりするものである。
最近では、ソフトウエアのサプライチェーンを狙った攻撃も頻発しており、取り込むソフトウエア自身は問題なくても、そこから参照される外部のソフトウエアに問題があり、攻撃者の支配下にコンピューターがわたる事例もある。大半は善意で開発を営むものだったとしても、悪意をもって参画しているものが少なからず存在する場合がある点は注意が必要だ。
OpenClawは、AIの推論に、さまざまなサービスが活用できる。ただし、タスクの遂行にあたり、思考に思考を重ね、高度な作業を実現するため、大量の「トークン」を消費する。AIのトークンとは、AIにとってのデータの最小単位を意味し、AIの利用量課金にも用いられる。自動車の燃費に相当し、いかに効率的にトークンを消費できるかが、OpenClawの利用者の間では問われている。
この中で、にわかに注目を集めるのが、米国製と比べ費用を10分の1に抑えることもある中国製のAIサービスである。今は個人利用の娯楽だとしても、実際に触れることで、真価を知る影響は大きい。中国製AIサービスの有効性を実際に活用し、身をもって理解するユーザーが増えれば、今後、欧米諸国に中国製AIサービスが浸透するきっかけになるかもしれない。
AI時代のLinuxになれるか
Linuxも、その始まりは、フィンランドに住んでいた一人の青年、トーバルズ氏の行動がきっかけであった。世界を変える“新たな物語”は、思わぬ形で始まる。個人の楽しみであったソフトウエアが、次第に支持を広げ、現在では、多くの企業が利用する基盤にまで成長した。
個人発のオープンソースソフトウエアとして始まったOpenClawも、シュタインベルガー氏のOpenAIへの合流に伴い、関連する非営利法人のOpenAI Foundationの管轄になった。昨今、多く見られる、企業が管理運営するオープンソースソフトウエアに移行したのである。今後は、課題であったセキュリティーが強化され、より安全に利用できるよう改良も進むことが期待される。
ただし、オープンソースには、それを支持する「熱狂」の持続なくして成長は難しい。OpenClawが、個人のガジェットの域を超え、企業も利用する“AI時代のLinux”になれるかは、シュタインベルガー氏のこれからの行動によるところが大きいだろう。











