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【コラム】金子達仁

マラドーナがダブった 「王」久保の誕生

[ 2025年3月21日 08:00 ]

<W杯アジア最終予選 日本・バーレーン>後半、チーム2点目を決め喜ぶ久保(撮影・小海途 良幹)
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 バーレーンは強くなっていた。ガルフ杯を勝ったことで、前回対戦した時とは自信の厚みが違っていた。これがわたしの考える苦戦の理由その1。

 その2は、日本の最終ラインがいささか不安定だったこと。これは誰か個人の出来がどうこうという問題ではなく、ユニットとしての未成熟さに原因があった。端的にいえば、誰が行くか、任せるかの判断が、成熟したユニットほどにはクリアではなかった。中盤と最終ラインの間に、普段ほどの睨(にら)みを利かせられなかったことも、バーレーンを勢いづかせる一因となっていたように思う。

 もう一つ理由を加えるならば、兜(かぶと)の緒を締めすぎたこと、だろうか。たぶん、選手たちは知っていた。バーレーンが強くなっていることも、最終ラインがいつもよりは不安定だということを。なので、彼らは徹底的に安全第一に徹しようとした。前半の早い段階から板倉のシンプルなクリアが見られたのは、そうした気持ちの表れだろう。

 ただ、苦しい試合だったからこそ、際立ったものもあった。

 久保という選手が、日本サッカー史上屈指の技巧派であることは、多くの人が認めるところだろう。

 だが、この試合での久保は、これまで見せたことのなかった一面を見せた。その左足で試合にスイッチを入れることのできる選手、言い方を変えれば左足でしかスイッチを入れられなかった男は、この日、右足でも、そして背中でもスイッチを入れられることを証明した。

 バーレーンが狙いすましたカウンターに入ろうとした際、いったい何度、久保の献身的な動きが危機を未然に防いだことか。これが遠藤ならば、あるいは守田であれば驚くことはない。背中で、つまり自らのプレーで仲間を鼓舞することを、彼らは自分の仕事だとも考えている。

 久保は違った。デビュー以来、彼は一貫して技巧派としての道を歩んできた。もちろん、あたり負けのしない身体(からだ)づくりなど、武闘派としての一面も加味していたが、ベースの部分が「技術で相手を凌駕(りょうが)する」ことにあったのは間違いない。

 思えば、82年のW杯スペイン大会で惨敗をするまで、後に神と呼ばれる男は無邪気な技巧派だった。イタリアに、ブラジルに踏みにじられ、レッドカードで大会を去るという屈辱が、マラドーナの背中を変えた。

 仮にダメ押しの2点目が決まっていなかったとしても、わたしにとってこの試合のMVPは久保だった。82年以降のマラドーナがそうだったように、彼は技術だけでなく背中でも仲間を引っ張り、かつ、フィールド全域の状況を把握しているのではないか、と勘繰りたくなるほどの危機管理能力を発揮していた。上田の頑張りは光っていたし、GKと1対1の状況でボールを上から叩いて浮かせる鎌田の度胸と余裕には度肝を抜かれた。それでも、久保が見せた全能感は圧倒的だった。

 そして、挙げ句の果てが左サイドから持ち込み、左足でニアサイドをブチ破る2点目である。あれは、バーレーンに対するダメ押しであると同時に、わたしには、一種の戴冠式のようにさえ感じられた。

 王の、降臨――。

 マラドーナと比較するのは、正直、おこがましすぎるかもしれない。ただ、若いころに勝手にダブらせ、いつしか諦めつつあった“神”の姿が、背中が、少しだけ近づいた気がした。8大会連続のW杯出場を決めた試合を、わたしは、日本に新たな王が誕生した試合、と記憶していくことになりそうだ。(金子達仁=スポーツライター)

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