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【コラム】金子達仁

“傑出した個人不在”を問題としない今の日本 ガーナ戦

[ 2025年11月15日 14:00 ]

<日本・ガーナ>後半、ボールを奪う佐野海(撮影・西海健太郎)
Photo By スポニチ

 彼がいなかったから。あるいは、彼がケガで本調子ではなかったから――。

 思えば、これまで日本が喫してきた敗北のほとんどは、そんな理由で説明がついた。ついてしまった。

 古くは、左サイドバックの都並敏史がいなかったから。最近でも、フル出場できなかった三笘のコンディションが、アジア杯制覇を逃した原因の一つとしてあげられた。わたし自身、それが当たり前だと思い込んできた。

 なので、愕然(がくぜん)としている。

 最終ラインは素晴らしく安定していた。わたしは、一瞬足りとも「冨安がいれば」とか「板倉だったら」とは考えなかった。三笘がいない、さらには伊東もいない攻撃陣にストレスを感じることもなかった。まったく、まるで、1ミリも、感じなかった。

 現在の日本代表は史上最強か、との議論が起こりつつある。正直、あまり意味のない論争だとは思う。仮に日本が本当に史上最強だったとしても、対戦相手がより史上最強であれば、なんの意味もないからである。

 ただ、日本サッカー史上、これほどまでに誰が抜けても、誰が本調子ではなくとも、それが問題にならないチームはなかった。

 ガーナは決して弱いチームではない。展開次第ではW杯優勝経験国に一泡吹かせるぐらいの武器は十分に持ち合わせている。そんなチームを相手に、この日の日本はほとんど何もさせなかった。本大会に向けてアピールをしたかったであろうGK早川が気の毒になるぐらい、相手のアタッカーたちに仕事をさせなかった。

 だが、飛び抜けて素晴らしい仕事をした選手は、見当たらなかった。いや、これではちょっと語弊がある。より正確に表現するならば、ゾーンに入っていたような選手、普段の実力以上の力を発揮した選手は、見当たらなかった――というべきか。

 それでいながらの、2―0である。

 傑出した個人が存在しないということは、長く、日本サッカーにとっての課題、弱点だとされてきた。ある意味、それは真実だとわたしは思う。

 ただ、傑出した個人が存在しないという前提に立った解決策を、いまの日本代表はつかみつつあるように見える。ブラジルに対する逆転勝利でつかんだ手応えが、青いユニホームを着たすべての選手に染み渡りつつあるように見える。

 アジア最終予選で日本と戦った国々は、三笘、伊東の両サイドを封じることに躍起となっていた。封じるために、ピッチの広さを狭めた国まであった。対戦相手からすれば、サイドからの崩しこそが日本の生命線であり、そこを封じることで勝機は生まれる、と考えていたのだろう。

 だが、ガーナを寄せつけなかった日本に、三笘はいなかった。伊東もいなかった。遠藤も、守田もいなかった。それでいながら、サッカーの質がまったく落ちていなかったどころか、むしろ、新たな可能性まで感じさせていた。

 しかも、伸びしろはまだまだ残されている。

 上田のポストプレーは光ったが、しかし、シュートの精度はお粗末だった。才能の大きさから考えると、久保はボールロストが多すぎる。W杯上位進出をノルマと考えるならば、正直、まったく物足りない。

 だが、そんなことは、おそらく、本人たちが一番よくわかっている。

 ブラジル相手の逆転に狂喜した選手たちは、この日、淡々と勝利を受け止めていた。日本はまた一つ階段を上った――そんな気分にさせてくれる快勝劇だった。(金子達仁=スポーツライター)

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