コロナ禍に思い出す「悲しき黙食」
完了しました
新型コロナウイルスの感染対策として推奨されてきた、しゃべらずに食事をする「黙食」。今やすっかり定着した感のある言葉ですが、文部科学省は11月29日、学校給食での黙食を求めない通知を全国の教育委員会に出しました。
その詳細は後で書くとして、まずは、私の 「悲しい黙食体験」 のお話にお付き合いください。還暦前後の世代では、似たような体験を持つ方がいるかもしれません。
不安だった給食の時間…全部食べるまで強制「居残り」
今から50年以上前、小学校低学年だった私は、給食の時間が不安でした。なぜなら、肉の脂身が嫌いで食べられなかったからです。いや、厳密に言えば、給食が不安だったのは「食べられないから」ではありません。給食を残さず全部食べるまで、教師から「居残り」をさせられたからです。
給食の時間には、近い席のクラスメートたちと普通に会話をしていました。好きな献立の日は喜んで食べ、残さずに完食しました。でも、おかずの中に、脂身の付いた豚肉や牛肉が入っていると、たちまち心の中に暗雲が立ちこめます。どうしても食べられないのです。

給食が終わると、昼の掃除の時間です。掃除当番の児童数人が、机と椅子を全部教室の後ろに下げて、床をほうきで掃き、モップで拭く。その時間も私は、教師の指示により、後ろに下げられた机と机の狭い空間に窮屈に座ったまま、食べ終わるまでその場を離れてはいけなかった。嫌いな肉の脂身を、少しずつ歯でかみちぎり、ゴクッとのみ込むのです。時には涙を流しながら……。
掃除の時間が終わると、今度は昼休み。クラスメートが教室の前方や廊下でにぎやかに遊んでいる間も、私は相変わらず、おかずが入った食器とにらめっこです。たまに、離れた席に、私と同じ目に遭っているクラスメートが座っている日もありましたが、会話をすることはありません。結果的に、給食後の掃除タイムから昼休みが終わるまでの30~40分ほど、ひとりぼっちの「黙食」の時間が続くのです。
嫌いな肉の脂身を、何とか頑張って食べきった日もありましたが、そんな日はまれ。食べられないまま、休み時間が終わります。さすがにこうなると、完食できなくても教師からお許しが出て解放され、食器を片付け、やっとみんなと一緒に次の授業に臨めました。こうして書いているだけでも、あの時の惨めな気持ちを思い出し、なんだか悲しくなってきます。
今なら大問題、児童虐待では?…ああ腹が立つ!
これ、今なら大問題ですよね。まるで悪いことでもしたかのように「さらし者」にして居残りさせるのは、児童虐待に等しい。子どもの人格形成に悪い影響を与えるのではないかと思います。掃除で舞い上がったほこりが食べ物に付着し、不衛生でもある。大体、強制したからといって、嫌いな食べ物はなくなりゃしないし、逆に、放っておいても大人になれば食べられるようになる食べ物だってある(私の場合、梅干しやセロリがそれ)。極端な偏食は子どもの成長に良くないかもしれないけど、大体、肉の脂身なんて、大人になっても無理して食べる必要はありません。メタボのもとやないかいっ!
と、だんだん腹が立ってきましたが、マインドフルに怒りを観察し、気を取り直して本題に入りましょう。
1
2


























