是枝監督の映画「怪物」を見て、コロナ禍と広末さんを考えた
完了しました
6月8日の仕事帰りの夜、是枝裕和監督の映画「怪物」を見に行きました。脚本の坂元裕二さんが第76回カンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞した、あの話題作です。
今も絶賛上映中なので、以下、ネタバレにならないように気をつけて書きます。
ストーリーは、本紙朝刊(6月10日付)の記事から引用します。
上映の間、まったく飽きさせない素晴らしい作品

シングルマザーの早織(安藤サクラ)は、息子の湊(黒川想矢)が教員の保利(永山瑛太)からモラル・ハラスメント(精神的暴力)を受け、暴力を振るわれたと学校側に訴える。しかし校長の伏見(田中裕子)には不誠実な対応をされ、さらに湊が同級生の依里(柊木陽太)をいじめているという疑惑も浮上する――。
映画は、最初は母親の早織の視点、次に教員の保利の視点、最後は子どもたちの視点から描かれます。視点が変わると事実がガラッと変わって見えてくる構成は、黒沢明監督の「羅生門」を思わせます(……などと知ったふうなことを書きましたが、実は私は、だいぶ前に録画してそのままになっていた羅生門を、たまたま、数か月前に見たのでした)。
現代社会が抱える様々な問題が描かれ、それらはいずれも重い。でも、ストーリー展開のテンポが良く、時にはクスッと笑える場面もあって、上映の2時間余の間、まったく飽きさせません。俳優陣の演技は子役も含めて素晴らしく、先日亡くなった坂本龍一さんのピアノも美しかった。一流の人たちが集まって映画を作ると、こうなるんですね~。
特に最後の場面は、映画を見た誰かと、「あれってさあ、○○ってことだよね?」「ええ? そうだったの? 私は違うと思ったけどなあ」などと、その解釈について、ああでもない、こうでもない、と語り合いたくなること請け合いです!
強く感じた〈人間の愚かさ〉
さて、私はあの映画を見て、次のような〈人間の愚かさ〉を感じました。
・物事を表面的な部分だけで判断する。想像力を働かせず、結論を急ぐ。
・何でも白か黒か(善か悪か)に決めつけたがる。灰色の存在を認めようとしない。
・自分が「正義」であることを信じて疑わない。
・“普通”の多数派が、“普通じゃない”少数派を排除し、傷つける。多数派は、その「暴力性」を自覚していない。
これらの愚かさは、私自身の中にもあります。自分と異なる相手に「怪物」のレッテルを貼って、理解することを放棄する不寛容さ。でも実は、私たち誰もが心の中に「怪物」を飼っていて、いつでもそれが頭をもたげうる……。そう思わせられる映画でした。


























