[演芸おもしろ帖]巻の七十六 「東京かわら版」で長期連載19年〜コラム「今月のお言葉」のフィナーレ

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

長井好弘の演芸おもしろ帖

国立演芸場の早期再開を願う講談の人間国宝、神田松鯉
国立演芸場の早期再開を願う講談の人間国宝、神田松鯉

 東都で唯一の演芸専門誌「東京かわら版」(以下、「かわら版」という略称を使用します)に連載を持つのは、演芸界に関わるものにとってはうれしいことだ。

 観客は「かわら版」の情報欄を見て、どの会に行くかを考える。不精な 噺家はなしか が己の出演予定を忘れてしまい「かわら版」を見て知った、なんてこともある。つまり「かわら版」がないと、皆が大いに困るのである。

 だから僕らは「かわら版」がなくならないように、あらゆる協力をする。できる限り年間購読を続け、新たな演芸ファンには「買わないとダメだよ」と勧め、まれに原稿執筆を頼まれた場合には、原稿料のことなどみじんも考えず、即、引き受けなければならない。

 その「かわら版」誌上に、我が連載が始まったのは、2007年の春のことだ。何がきっかけだったかは忘れてしまったが、「長井さんが入り浸っている寄席の高座のスケッチのようなものを」という注文だった気がする。

 そういうことならお手のものだと、すぐに引き受けた。もちろん原稿料を確かめるなんてことはしていない……はずである。

 内容は、あらためて考えるまでもない。寄席定席や大小の演芸会の高座で、大幹部、いぶし銀のベテラン・中堅、上り調子の若手、色物の名脇役などが演じる落語、講談、浪曲、色物を、見たまま感じたままに活写するというわけだ。

 文章の冒頭には、演者本人が語った「言葉」を置いた。これは演芸に関するうんちく、教訓、名文句などといった立派なものではなく、高座で思わず口走った演者たちの本音や、おなじみのまくらの一節などから選んだものだ。「言葉」のアタマに「お」の字をつけて「お言葉」としたのは、彼らの商売道具である「面白フレーズ」を勝手に使わせてもらうのだからと、演者の皆様に敬意を表してのことである。

紙切りなのに「ハサミの使い方がヘタねえ」

二楽(右)は二代目林家正楽の二男だから、二世演芸家だ。一方、猫八(2023年3月に、小猫から五代目猫八を襲名)は四代目猫八の長男。で、父親、祖父、曽祖父に叔母のまねき猫も紙切りという芸人一家に育った(2023年)
二楽(右)は二代目林家正楽の二男だから、二世演芸家だ。一方、猫八(2023年3月に、小猫から五代目猫八を襲名)は四代目猫八の長男。で、父親、祖父、曽祖父に叔母のまねき猫も紙切りという芸人一家に育った(2023年)

 第1回は紙切りの林家二楽の「お言葉」だった。

  「仕事で北海道の根室に行って、名物の花咲ガニをごちそうになったんです。花咲ガニ、ご存じですか? トゲトゲがあって、手ではうまくさばけないから、店でハサミを貸してくれるんですよ。で、あたしが食べているのを、そこの仲居さんがしみじみと見て、『あんた、本当にハサミの使い方がヘタねえ』っていうんですよぉ。ああ、これはしばらく根室には行けないなあ、と」 (2007年、鈴本演芸場で)

 相手がカミではなくカニの場合、紙切りの時の神業が発揮しにくいとは! 二楽といい、兄弟子の正楽といい、紙切りのつわものたちはお決まりのフレーズを持っているが、「カニの話」はこの時限りだったと思う。そういう意味では、貴重な逸話である。

師匠の春風亭柳朝譲りの江戸前の芸で、今では寄席興行には欠かせない存在になった一朝(2018年)
師匠の春風亭柳朝譲りの江戸前の芸で、今では寄席興行には欠かせない存在になった一朝(2018年)

 落語家でお決まりのフレーズで、まず思い浮かぶのは春風亭一朝だ。

  「名前が一朝ですから、今日はイッチョウケンメイやリます……。この間、ある会でコレをやらなかったら『どうして芸惜しみをするんですか!』って怒られちゃった。あれは芸惜しみなんですかねェ」 (2010年、三田落語会で)

 フレーズの前半は飽きるほど聴いているが、後半の展開が楽しすぎる。いつも同じだと演者の方もダレるのだろう。「芸惜しみ!」と声をかけた観客に拍手を送りたい。

 曲芸のボンボンブラザースには困った。彼らは高座でほとんど口を利かない。これでは「お言葉」を採取できないではないか。

  「……………………………」 (2012年、どこの寄席でも終始無言)

 ご本人たちに芸の根幹に関わる、と思われる質問をした。「なぜ高座ではしゃべらないのですか?」「見ればわかるから」。なるほど〜。

70歳代後半になっても衰えを知らず、長講に挑み続けるさん喬だが、楽屋に戻ると「疲れた〜」(2024年)
70歳代後半になっても衰えを知らず、長講に挑み続けるさん喬だが、楽屋に戻ると「疲れた〜」(2024年)

 中にはオソロシイ「お言葉」もある。落語協会会長で、文化功労者でもある大看板、柳家さん喬がポツリとつぶやいた一言だ。

 「三遊亭円朝作の『怪談 牡丹燈籠(ぼたんどうろう) 』。長い長いお話を、かいつまんで申し上げました」 (2014年、新宿・紀伊國屋ホール)

 この日は「牡丹燈籠」の通し公演だった。さん喬は、数日かけての連続口演ではなく、たった一夜の公演で全21話をやってのけた。その直後の「お言葉」である。これが「かいつまんで」なものか。有名な「お札はがし」や「栗橋宿」のエッセンスを詰め込んで。やり手の少ない「孝助伝」はみっちりと。鬼気迫る長講で全編を走り抜けた。「単なるやりたがりか、落語の殉教者か、それとも落語マゾなのか」と当時のメモ帳には失礼な感想が記されている。実はさん喬は2023年にも大長編「ちきり伊勢屋」の通し公演に挑み、「『ちきり伊勢屋』という長い長いお話を、かいつまんで申し上げました」と、同じ「お言葉」を残している。

最高傑作は地震の揺れに「談志、怒ってます?」

 2015年には、「東京かわら版新書」シリーズが始まり、その第1弾として「今月のお言葉」が本になった。「僕らは寄席で『お言葉』を見つけた〜寄席演芸家傑作語録」という大層なタイトルがついた。それまでの連載の中から選びに選んだ50編を収めている。

 本書の中の50編をあらためて読んでみて、「2015年までの最高傑作」と思えるのが、立川生志の「お言葉」だ。

 忘れもしない2013年5月18日。東京・有楽町朝日ホールの「朝日名人会」でのことだ。3番手で出演した生志の高座は、例によって師匠談志のエピソードから始まった。

 「家元がこの世を去って2年……、自由を満喫しています」

 そんな話をしていた時に、突然、会場がぐらんぐらんと揺れだした。地震だ。かなり大きい。いつまでも揺れがおさまらない。そして客席が動揺し始めた頃、絶妙のタイミングで生志が「お言葉」を放ったのだ。

  「談志、怒ってます?」

 一瞬の間のあと、ホール全体がまた揺れた。今度は観客の大爆笑だった。

 地震と談志とお言葉と。三つの要素が一緒になって、あの時、高座と客席が本当に一体になった。まさに、生志の「お言葉力」である。

 単行本にはなったものの、その後も「今月のお言葉」は何の変わりもなく、1回の休載もなく、現在まで続いた。

 愛読者の方から「『かわら版』の紙面のトリを飾っているね」と言ってもらったことがある。本誌をパラパラとめくっていくと、最後のページが「お言葉」の定位置になっているからだ。そう言われるのはありがたいが、僕の見方はちょっと違う。「かわら版」は本来情報誌なので、演芸情報欄がメインである。だから、一般に「巻末」にあると思われている演芸情報欄の方が、実は「巻頭」なのである。してみると、僕の「今月のお言葉」は開口一番。いわば前座の役だから、明るく楽しく、これから先に本誌を読み進める人たちを和ませなければならない、と思って書き続けてきたつもりだ。

「演芸界の流れ」を意識するように

 2015年以降、内容的に変わったと思えるのは、当初は文字通りの「面白語録」だったのだが、この頃から「演芸界の流れ」を意識して、演者や「お言葉」を選ぶ回が増えたことだ。

 懐メロを歌う昔昔亭桃太郎が、いつしか寄席の名物になった。

  「次の患者さん、病名と歌を言ってください?」「○番、ロカビリー歌いたい病。歌は、ルイジアナ・ママです」 (楽屋の若手がぞろぞろとバックダンサーとして参加し、ツイストを踊りまくる!)(2018年、東京・町田市民ホールでの「カラオケ病院」より)

日本浪曲協会会長として若手中堅を引っ張る雲月。力強く、さっぱりとした「男前の芸」が評判だ(2024年)
日本浪曲協会会長として若手中堅を引っ張る雲月。力強く、さっぱりとした「男前の芸」が評判だ(2024年)

 腰痛やらぜんそくやらでしばしば入退院を繰り返す浪曲の天中軒雲月。ご本人は「あちこち体に手を入れて、サイボーグみたい」というが、周囲は「不死身だ」と感心している。

 万雷の拍手の中、「待ってました!」「たっぷり!」に続いて「お帰り!」と声がかかると満面の笑みを浮かべ、声を出さず、口の形だけで 「た・だ・い・ま~」 (2019年、木馬亭定席での復帰高座で)。

 講談という芸と講談師・神田愛山が注目を集めた。

  「最近、講談の世界が変わった。講談が日の目を見たんです。まぶしくてしょうがない。こんなことはかつてなかった。広小路亭で開演前に行列ができるんです。昔の本牧亭は、開演しても客が来なかったんですよ」 (2019年、よみうりホールで)

 コロナ禍で寄席が休業。三遊亭兼好は無観客の会場で高座に上がった。

  「無観客で(客席からの)反応がないのは寂しいですが、どちらかというと、たくさん入っていて反応がないほうが寂しいという……」 (2021年、TBS落語研究会で)

 林家つる子、林家あんこ、春風亭一花という若手3人組のアイドル(?)ユニット「おきゃんでぃーず」が一瞬の 光芒こうぼう を放った。

  「何よりも、(「おきゃん会ファイナルカーニバル」という)こんな企画を通してくれた国立演芸場の皆さまに感謝します(場内爆笑)。私たち、普通の噺家に戻ります!」 (やんやの喝采)(2022年、国立演芸場で)

 色物の世界も世代交代が進んだ。若手中堅のトップランナーが江戸家猫八だ。

  「皆さんが見たことも聞いたこともない動物のものまねを楽しむには『信じる力』が必要です(笑)。そしてものまねをする私には『折れない心』がいるのです」 (同年、国立劇場小劇場で)

 国立劇場(国立演芸場含む)の改修計画が派手にぶち上げられた。「さよなら公演」には人間国宝の神田松鯉も出演したが、その後、改修は一向に進んでいない。

  「演芸場の再開は7年後ですか? こけら落としにはぜひ出演したいと思っていますが……(ちょっと首を傾げ)酒が好きだからなあ(笑)」 (2023年、国立演芸場で)

勉強のために寄席に通った「笑わない客」

2018年5月、夏丸は、講談の神田蘭(左)と一緒に、念願の真打昇進を果たした
2018年5月、夏丸は、講談の神田蘭(左)と一緒に、念願の真打昇進を果たした

 落語少年だった桂夏丸は、拙著「新宿末広亭『春夏秋冬』定点観測」を「噺家になるための実用参考書」として熟読していたという。

 「素人の頃、十日に一遍は寄席に来ていました。末広亭はいつも( 下手(しもて) の端を指し)その辺の席です。笑わない客でしたね。というのは、その頃、もう『噺家になる』と決めていたので、勉強のために来ていたんです。今日も何人か笑わない人がいますが、いずれ噺家になるかもしれません」 (2024年、新宿末広亭で)

 ここ数年、講談師に続いて、寄席に浪曲師が進出している。玉川奈々福も硬軟さまざまなネタを駆使して新しい観客をつかんでいる。

  「新宿末広亭での弟弟子、(玉川)太福の主任興行が連日超満員になって、あちこちで『浪曲が来てる!』と言われました。末広亭が終わってから、今日が初めての木馬亭定席のお出番です。私がトリで、(国本)はる乃ちゃんも出るし、一体どんなことになるのかしらとドキドキして木馬に来たら、(場内をぐるっと見渡し)穏やかな客席で……」 (同年、浅草木馬亭・浪曲定席で)

 我がコラムを読み返すと、「お言葉」を拾った高座と、その時の客席の様子が、昨日のことのようによみがえってくる。

 長い連載だったが、「つらい」とか「面倒くさい」なんて思ったことは一度もなかった。そんなことを思っていたら、すぐに読者に伝わってしまうだろう。

 「今月のお言葉」は3月号をもっていったん終了とさせてもらうことになった。最終回は、初回と同じ林家二楽に登場願おうとひそかに考えていたのだが、気の早い彼は昨年、西方へ旅立ってしまった。残念でならない。

 コラムの終了は、「かわら版編集部」が「連載陣の刷新」を考えてのことらしい。僕自身は少しお休みをいただいてから、また新たな連載でもと考えていたが、どういう事情があったのか、4月号から続けて新連載を始めることになった。急な話なので、今、「新ネタ」を仕込むのに大わらわだ。

 面白コラムという性格に変わりはないが、「今月のお言葉」とは一味違ったものにしようと考えている。「かわら版」ともども「どうぞお見捨てなく」と言っておきたい。

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プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。
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7668529 0 長井好弘 演芸おもしろ帖 2026/02/20 12:00:00 2026/02/20 12:00:00 2026/02/20 12:00:00 /media/2026/02/20260216-GYT8I00158-T.jpg?type=thumbnail

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