[演芸おもしろ帖]巻の七十七 「落語界の松坂大輔」が襲名…「さんきょう」がつなぐ東西の縁
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「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。
長井好弘の演芸おもしろ帖
上方落語の注目株、「
「三喬」という名前は、東京の演芸好きにも親しまれている。いろいろある理由の一つが、長く東京の演芸界の中心にいて、今は落語協会会長で、文化功労者でもある柳家さん喬と、「さんきょう」という名前の読みが同じであることだ。
現在の七代目笑福亭

先代は角刈りに太い眉の「泥棒三喬」
ただ、「さんきょう」という名前のイントネーションが、東西で異なっている。東京の「さん喬」は後ろにアクセントがあるが、大阪の「三喬」は最初の「さ」にアクセントを置く。落語会のロビーなどで二人の芸について話す観客が、いちいちアクセントを変えて発音している時などは、途中でどちらがどちらかわからなくなることもしばしばだった。
また、先代の三喬は若い頃から角刈りで、その下に太い眉のどんぐりまなこが付くというゴツイ人相だ。口の周りにぐるりとヒゲを描けば、喜劇に登場する間抜けな泥棒そのものだというので「泥棒三喬」とあだ名がつき、実際、盗人の登場する
この度誕生した三代目三喬は、その二代目三喬(現・松喬)の一番弟子で、見た目は泥棒でもプーさんでもなく、有名野球選手に似ていることから「落語界の松坂大輔」を名乗っていた。彼もまた「三喬・喬太郎二人会」の前座や、自身の独演会などで何度も東京の高座に上がり、「普段の顔より、笑顔でいる方が多い」という人の良さで、確実にファンをつかんでいる。
上方落語家なのに名前も顔も東京でなじみ深い「三喬」の名跡が復活した。2017年に師匠が七代目松喬を襲名してから10年目の春のことである。

★笑福亭三喬襲名披露興行
(2月1日、大阪・国立文楽劇場にて)
笑福亭喬介「牛ほめ」
笑福亭遊喬「
柳家喬太郎「
桂南光「素人浄瑠璃」
仲入休憩
笑福亭三喬襲名・披露口上
笑福亭松喬「酒の
笑福亭鶴瓶「
主任=笑福亭三喬「初天神」
少し空気は冷たいが、からりと晴れた空が心地よく、難波から千日前通りを日本橋までぶらぶらと歩くと、左手前方、国立文楽劇場の銀色の柱の前に
遊喬「上燗屋」と南光の「素人浄瑠璃」という上方らしい演目に挟まれて、東京からゲスト出演する喬太郎が新作で色を添える。「一度同棲をしてみたかった」というお父さんが、安アパートを借り、あえて離婚したお母さんと貧乏暮らしを始める。「籍の入っている同棲なんかあるかー!」というお父さんの叫びに何の説得力もないのが愉快だ。
披露目口上に、グリーン車で来た人、自転車で来た人…

仲入休憩を挟んで、「三喬襲名披露」の口上が始まった。
三喬のおじさん弟子に当たる遊喬の司会で、鶴瓶、桂福団治、松喬、三喬、南光、笑福亭仁智、喬太郎が代わるがわる口上を述べる。落語界の幹部級が舞台上に8人並ぶのは壮観だ。
松喬「噺家は50代が一番大事。体力、気力が一番ある。三喬は今年51歳。私を気にせず、名前を大きくしてほしい。彼の三つの特徴は、①能管は上方で3本の指に入る②円満な男で、人懐っこく誠意がある③ハイハイハイと言いながら師匠の話を聞かないーー(笑)」
ここから松喬が語り始めたエピソードが口上のおしまいまでつながってしまうとは思わなかった。
「何年か前、鶴瓶師匠が北陸新幹線で金沢まで行った。と、隣席の客が『うちの長女と松喬さんの長男が今度結婚するんです。鶴瓶師匠、一緒に写真撮ってもらえますか?』と言ったそうです。それで、うちの息子のケータイに、鶴瓶師匠とそのおっさんがピースしてる写真が『三喬師匠に見せなさい』と送られてきた。それをこいつ(新・三喬)に見せたら、『ああ、先方のお父さんはグリーン車で出張できるんですね。これ、(特急)はくたかのグリーンですわ』って、そこじゃないだろ! 今後は全国をグリーン車で駆け回るよう。指定席の師匠からよろしくと言っておきます(笑)」
喬太郎「まず、松喬師匠におわびを。私、今日、大阪までグリーン車で来ました(場内爆笑)。『三喬・喬太郎の会』『ダブル親子会』もやりました。北海道の学校公演でも一緒になった。自分の師匠と一緒に会をやってる男と飲む時は、もっと緊張してもいいのかなって(笑)。我々は話す商売ですけど、聞く商売でもあります。また新しい四人会ができるかな?」
仁智「安心してください。私は今日、地下鉄で来ました(笑)。三喬さんからは昆布の詰め合わせをもらいました。いい人だなあと。三喬さんは笑顔が素敵。『息子が中学生で英語が嫌いです』と、ニコニコ笑いながら言うんです」
鶴瓶「上方落語協会相談役ですが、誰も相談に来ません。一回相談してほしいわ(笑)。三喬には、ずっと落語会で能管吹いてもらってる。アドリブもうまいです。(今後も)そんなん頼んでええの?(笑)」
南光「笑福亭の披露目は初めて。米朝一門はもうちょっと、ちゃんとしてます(爆笑)。何の打ち合わせもなく……。鶴瓶がまとめないかん。本当に笑福亭に入らんでよかった。25年前、彼(三喬)が噺家になってすぐ、米朝事務所のすぐ近くの
福団治「もう65年、噺家やってます。あ〜疲れた。私はグリーンではなく、自転車で来ました」(この後、大阪締め (注1) の音頭を取った)
口上が延びたので、後半、時間がない。「先代三喬」になった松喬はごく短い『酒の粕』だったが、しっかり笑いをとった。
続く鶴瓶は大ネタの「妾馬」をかけたので、時間は大丈夫なのかと思ったが、さすがのまとめ方だ。タクシーの運ちゃんに「お客さん、気ィ悪うせんといてください。鶴瓶に似てますね」と言われたというまくらが楽しすぎる。
駄々のこね方が微笑ましい…後味の良い「初天神」

新・三喬のトリネタは「初天神」だった。大師匠の先代松喬も、師匠の当代松喬も得意にしていた一門の大事な噺らしい。東京では若手も演じる軽い噺だが、大阪では長くも短くもできる便利な噺で、きっちりやればトリでも通用する。最近は、縁日で「あれ買ってこれ買って」という子供をかなり過激に演じることが増えているが、三喬の親子は、終始穏やかで、子供の駄々のこね方もほほえましいものだった。実生活が反映されているのかもしれない。後味の良い「初天神」だった。
めでたく公演を打ち上げた後、劇場の控室で三喬の記者会見があった。
「『疲れたなあ。舞台で休んでまんねん』という福団治師匠のまくらを実感しました。緊張よりも忙しくて。口上はもっと泣くかなと思ったけど……、最後は泣きました」
「トリの高座では『三喬」の名入りザブトンを使いました。師匠がくれたんです。楽屋のれんも師匠が三喬時代に使っていたものです」
「これからの自分ですか? 新しいネタに挑戦したい。人情噺が好きなんです。自分、よく泣きます。『しじみ売り』で号泣しました。本人が涙出るような人じゃないと、人情噺なんかできませんよ」
「トリで『初天神』をかけたのは、何分でもできるから。師匠からは、1か所だけアドバイスがありました。中2の長男は『かんでたな」って。息子も落語少年なんです。
息子の話をし始めたとたん、涙ぐんだ。いいやつ、という印象は昔から変わらない。

それから1か月、今度は東京の披露公演である。
★笑福亭三喬襲名披露興行
(3月1日、東京・深川江戸資料館にて)
春風亭一花「黄金の大黒」
柳家㐂三郎「目薬」
笑福亭松喬「
笑福亭鶴光「紀州」
仲入休憩
笑福亭三喬 襲名披露口上
柳家さん喬「
主任=笑福亭三喬「
昼過ぎに最寄りの清澄白河駅の地上に出たら、清澄庭園の前の通りが大混雑だった。歩道に人があふれ、カラフルなスポーツウェアの老若男女ランナーが清澄通りを走っている。今日は東京マラソンの当日、ここもマラソンコースに入っていたのか。
東京公演は、主役である笑福亭の面々に、柳家さん喬一門が助っ人に加わるという番組だった。
一人、「春風亭」の一花は、口上の時の笛の演奏のために呼ばれたらしい。「本当は三喬師匠が笛吹いたほうがいいんですよ。上方の笛の名人なんですから」と盛んに恐縮していた。
続く㐂三郎も、いつも冒頭にやるWピースサインに客席の反応がなく、両手を広げて「アウェーな感じ!」。
三喬の師匠松喬は上方色が濃厚な「阿弥陀池」を演じた。それでも東京の観客を意識してか、「芦屋が田園調布なら、西宮は自由が丘? 尼崎は池袋や」と登場人物に言わせていた。最後の「尼崎=池袋」はよくわからない。
主役の「いい人」が際立った東西の披露目

襲名披露口上には、㐂三郎(司会)、松喬、三喬、鶴光、さん喬の5人が並んだ。
㐂三郎「いつも気さくで明るい笑顔。大阪の親類のお兄ちゃんのよう。その兄ちゃんが師匠の名前を襲名する。憧れて憧れて弟子にしてもらった人の名を継ぐのは大変なことです」
松喬「弥生三月。深川に賑々しくお越しくださり……。この男には三つの特徴があります。①上方で三本の指に入る笛の名手②人の悪口を言ったことがない。嫁の悪口は言っている③噺が落ち着いてきたーー。でも、プロの世界でほめられているようではいかん。けなされて一人前や。若い頃、ラジオで六代目松鶴師匠と喜劇作家の香川登志緒先生とのトークを聞きました。『これからの上方落語を担う人材が弟子の中にいますか?』『うちの弟子でろくなんはいない。仁鶴はテレビばっかり、鶴光はアホやし』(横の鶴光が膝立ちで抗議している)。三喬も祝儀を数えるのはもうエエ。もっと上の名前を目指さないと」
鶴光「この師弟、2人とも長い付き合いだ。先代松喬は播州で散髪屋の弟子に入ったけど、客の耳をそり落として上方で落語家になった。訛りを直すのに苦労した。松鶴は鶴三(先代松喬の前名)をかわいがった。その鶴三の一番弟子が今の松喬。ドロボーの落語やらしたら、右に出る者がいない。左には出る者がいるかもしれないが(笑)」
さん喬「『ほめられてるようではいかんぞ、三喬』と言われるたびに、こっちがドキンとします(笑)。師匠の小さんが上方落語界で一番仲が良かったのが松鶴師匠だった。先代三喬が松喬の名を継いだので、もうこの先『さんきょう』を名乗る人もいないだろうと安心していたのに……。(笑)上方に私と同じ名前の噺家がいると思うと、意識するし、頑張っていかなきゃと自分を
後半、さん喬は得意の「天狗裁き」だった。
「ここがこんなに入ってるのを見るの初めて。お目当てはもうすぐ。私のところは軽く聞き流して。江東区の河津桜が咲いています」
トリの三喬は「替り目」をサゲまでたっぷりと演じた。
「えーと、上方落語界の『さんきょう』です(笑)。1年前、鶴光師匠に『襲名するんやてな。けど言うとくで。襲名にした落語家はろくなヤツがおらん』。中2の長男が私の口上を見て、『パパ、土下座上手だね』って(爆笑)。私、いじられキャラなんです。(両手を広げて)アウェーな感じ!」
「替り目」は、カミさんがおでん屋に出掛けてからの後半が面白い。うどん屋をからかいながら、ぐだぐだ言い続ける酔っ払い亭主。
「酒の燗はうどん屋に限る。うどん屋も一杯飲め!」
春の夜の酒宴は延々と続くのだったーー。
東西の公演ともに、主役の三喬の「いい人」が際立っていた。明るくて優しくて、涙もろくて、いじられキャラ。こういうヤツは放っておけないと、皆が寄ってたかって応援している。肝心の高座では、地に足がついた落語を演じた。
笑福亭らしい、古き良き「上方色」を保ちつつ、活動の場を全国に広げてほしいと願うばかりだ。
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