[演芸おもしろ帖]巻の七十八 「我ながら振れ幅が広いなあ」〜落語一之輔 春秋三夜 2026春
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「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。
長井好弘の演芸おもしろ帖
2014年に「落語一之輔一夜」から始まった「落語一之輔シリーズ」がこんなに長く続くとは思わなかった。この仕事を初めて依頼した時、「やってみますか」(こんな言葉だったか?)と意外に軽い雰囲気で承諾の返事をくれた一之輔だって、これほどの長期企画になると見通していたわけではないだろう。
14年が「一夜」、15年が二夜連続と年ごとに一つずつ公演が増えていき、18年の五夜連続で一区切りとなったと思いきや、19年には「一之輔七夜」が敢行され、20年からは新たな挑戦である「一之輔三昼夜」がスタートする。そして23年からは、「三昼夜」を春と秋の2期公演に分けた「春秋三夜」になって、現在まで続いている。14年から前回までの延べ公演数は計55となり、今回「春秋三夜 2026春」の3公演を足して58にまでなった。
ネタおろしを毎回続けて13年目に

すごいのは公演数だけではなく、主役の一之輔はすべての回で初演(ネタおろし)をしていることだ。「毎回必ずネタおろしをする」なんて取り決めは、当初からなかったと思うが、一之輔が「もうやるネタがないよ」「あとは何かの理由でやってない
この会の立ち上げから、少しだけ関わり続けている僕は、58公演のうち9割5分ぐらいは客席や舞台袖で見させてもらっている。勝手に始めた当コラムでの「三夜」のリポートは、読者に内容をお伝えするのはもちろんだが、僕なりの「落語一之輔シリーズ」の定点観測なのだ。
★落語一之輔 春秋三夜 2026春・初日
・いっ休「たいこ腹」
・一之輔「芋俵」
・一之輔「試し酒」
・仲入り休憩
・一之輔「花見の
「眠い。どうにも眠すぎる。それでも書かねば」
公演のプログラムに掲載された一之輔のあいさつ文、冒頭の文章がこれだった。
これまでの公演を振り返ってみると、毎回どこかで「眠い」という言葉を聞いている気がする。「眠い」理由がこの会にあるのは明らかである。
「『はいはい、やりますよ!」と安請け合いして、『やっぱりよしゃよかった……』と後悔して、やってみたら『案外良かったかも』とホッとして、なんとなくいい気になる。その繰り返しでここまできてしまった」
いつもクールで、どこまでが本気なんだかよくわからない、いかにも一之輔らしい書き方だが、「だいたいこんな感じ」という表現以上のことが、観客にはしっかり伝わっているはずだ。
春三夜の一番手は、三番弟子のいっ休だ。さほどの酒豪ではないと聞いていたが、どうやら当日の朝まで飲んでいたらしい。そんなこともあるのか、まくらで師匠の体調を気遣っていた。
「春と秋にはネタおろしがあるし、ラジオの仕事も朝6時開始が5時からに繰り上がったし、師匠はそろそろ仕事を断ることを覚えなきゃ」
本編は主役の一八のたたずまいがきちんとしていて、優等生の
「若旦那のためなら命もいらない!」「……(うれしそうな顔で)そうかい?」
一八に
現実逃避のお散歩途中で「甘茶でカッポレ」
「弟子に仕事を断ることを覚えろって言われるのは」と首をふりふり、一之輔が語り出したまくらが長い。
忙しいスケジュールの最中のネタおろし作業で、かなり追い詰められている。とにかく歩いて
トークの途中に、女性客が遅れて入ってきた。
「だらだらまくら(一之輔本人が何度もそう言っていた)の途中で良かったですね。あなたのためにだらだらしゃべっていたのではないけどね。(優しい口調で)早く来なさい」
一席目の「芋俵」が面白い。何が面白いと言って、泥棒二人組の助っ人に雇われた、少々人間が甘い「まっちゃん」がやることなすことおかしいのだ。「人間一人が芋俵の中に入り、商家の中に置いてもらい、夜中に俵から出て仲間の泥棒の手引きをする」という犯罪計画のキーパーソンにするには、まっちゃんではかなり頼りない。
意外に小さな芋俵に無理して体を入れようとする仕草のかわいさ、何とか体を入れたあと、頭だけを何度も出し入れして、「ほら、できたでしょ」とあふれんばかりの笑顔を見せるまっちゃん。

前回もそうだったが、
一席目が終わった後をつなぐ送り囃子は、森山直太朗の「さくら」、これも季節の曲だ。続いて二席目の出囃子は、懐かしいバラクーダの「日本全国酒飲み音頭」だった。次は、酒の噺に違いない。
時空を超えてトリネタにも登場した「まっちゃん」
二席目は、まくらで前回から続く「打ち上げで焼き肉をアラカルトで食べたいのに、なかなか思うようにいかない」というエピソードのその後(話はまだ続いている!)を報告した後、話題は自然に焼き肉から酒に移った。今回最初のネタおろしは「試し酒」だ。
酒飲みの仕草が楽しく、サゲも効いているから、誰もが演じる人気ネタ。一之輔が今までやっていなかったのが不思議なぐらいだ。
一席目と同様、主人公・久蔵のキャラクター設定がいい。大きな商家の旦那を相手にしても気後れせず、言いたいことをずけずけ言っても、憎まれることがない。
「オラの生まれたところは丹波の山里、
15分の仲入り休憩が終わると、舞台後ろのホリゾントの色が変わった。さわやかで深みのあるピンク。桜色というのだろうか。
一之輔のトリネタは「花見の仇討」だった。
「あちこちでやってるから、またかと思うかもしれませんが、これが今年最後の花見ネタになるでしょう」
上野の摺鉢山のてっぺんでタバコを吸う悪党面の浪人が、父の
気が弱くて、間が悪く、いつも人の言いなりになる、まっちゃん。これは「芋俵」の主人公と同一人物なのだろうか?
趣向のクライマックス、チャンバラの最中に、本物の侍が「助っ人」にやってきて、「相手は隙だらけだ。仕込み
江戸っ子4人が趣向をするためだけに集められたキャラクターではなく、ちゃんと普段の生活がある「生きた人間」であるのが、一之輔版「花見の仇討」の魅力である。

★落語一之輔 春秋三夜 2026春・二日目
・貫いち「
・一之輔「干物箱」
・一之輔「
・仲入り休憩
・一之輔「青菜」
二日目の開口一番は、四番弟子の貫いちだった。
「みなさん、今人気の落語漫画『あかね噺』、知ってますか? あれを読むと、主人公のあかねと僕は、前座の同期らしいんですよ。でも、二ツ目昇進の時に抜かれました(笑)。このままでは真打も抜かれそうです~」
一之輔のまくらは今日も長い。
昨日に続いてのお墓散歩。今日は谷中霊園で知らない人の墓参りをした後、寄席へ向かった。上野鈴本演芸場では、落語にちゃんと反応する子供がいた。小2ぐらいか。浅草演芸ホールは真打ち披露興行の真っ最中。理事なので口上にも並んだ。
「独演会の前に寄席に出る(しかも掛け持ち!)というと、何で?休めば?と言われますよ。でも、安心するんですよ。いつも通りのことをやってると」
口上の主役は、ふう丈改め、二代目三遊亭円丈だった。前座の頃からよく知っている。「でもまだ認めてないよ」と口上でも言った。これからの人だ。昔、滋賀県の彦根に仕事で連れて行った。「師匠、お城があります。何の城ですか?」「彦根城だろ!」って。でもひこにゃんは知っていた。「有名ですからね。あっ、ひこにゃんがいるから彦根城?」「違うよ!」。そういう男だ。
長男が明日一人暮らしを始めるので引っ越しをする。以前に文庫本の後書きを誰にするかで迷って、高校生の長男に頼んだ。本文のゲラを読んで「家族の部分、盛りすぎだよ」。解説の文章は俺よりうまいかも。次回の文庫本の後書き、「またあの手を使いましょう」というので、姉3人(一番下の姉さんでも7歳上)の座談会になった(場内爆笑)。
「青菜」といえば「タガメの女房」…一之輔ワールドが全開
一席目の出囃子は、松たか子の「明日、春が来たら」だった。
「松たか子さんは同学年です。他に市川團十郎さん、安室奈美恵さん、フランスのマクロン大統領。黄金世代ですよ。同窓会やりたいな。『コロコロコミック、何読んでた?』なんて聞いてみたい」
ネタは「干物箱」だ。道楽がすぎて家の二階に閉じ込められた若旦那が、自分のモノマネが得意な本屋の善公を身代わりに二階に置き、己は抜け出して
「身代わりなんて嫌だよ。あなたのおとっつあん、強いから怖いんだ。川に放り込まれたら風邪ひくでしょ」「若旦那のためなら命は、って言ったじゃないか」(昨日も聞いたセリフ)「命はいらないけど、風邪はひきたくない」
それでも祝儀の金に釣られて、身代わりになる善公。若旦那のモノマネをするたびに、手を口に添えて「孝太郎です」と名乗るのが可笑しい。
二席目はネタおろしで「真景累ヶ淵・深見新五郎」。昨秋に初演した「
二席が終わって、トリの高座に上がった一之輔が、今シリーズで最も納得できる一言を言い放った。
「我ながら振れ幅が広いなあと(笑)」
今日は暑い。30度近くいったところもあるらしいということで、真夏の落語「青菜」をやる気になったらしい。一之輔落語有数の魅力的なキャラクター、タガメが汗みどろになるが、今日ぐらいの暑さなら違和感がない。
「表を
「これがガラスのコップ? シャケの空き缶じゃないか。お前んちはこれで酒飲むのか!」というセリフで、植木屋夫婦の普段の生活が……うーん、想像できない。

★落語一之輔 春秋三夜 2026春・千穐楽
・㐂いち「家見舞」
・一之輔「四人
・一之輔「万金丹」
・仲入り休憩
・一之輔「
開口一番、一番弟子・㐂いちの「家見舞」は、汗が飛び散るような熱演だった。
続いて登場の一之輔が「汗をかくような噺じゃないだろ」と言いながら、座布団の前をひとにらみ。「(㐂いちの)汗か!」
ラジオ生本番から上野→浅草→大手町
三日連続の「だらだらまくら」。ずっと聴いていたい気持ちになってきた。
朝5時からになったラジオの生本番のために3時50分に起床。午前9時に解放された後、行くところがない。自宅に戻れば里心(?)がつく。眠いけど、ひたすら歩く。鈴本では早朝寄席をやっている。コメダ喫茶店は開店前からの行列で入るの諦めた。上野〜浅草間を二往復した後、再び、鈴本へ。若手が「昨日の落語好きの子供。あれ、男の子じゃなくて女の子でした」。みんなが男児とおもっていた。一之輔自身は「お子さん」と呼んでいたけど、後の漫才コンビが「少年」と呼びかけてしまい、その子が「私は少年じゃない!」と泣き出したという。
浅草の真打ち披露は、小はぜ改め柳家小はんだった。彼はいい。声がガサガサしていて、落語家らしく、聞きやすい。坊主頭にやたらキラキラした丸い目。ラクダのようなまつげで「よろしくお願いします」と言われた。口上の司会が終わって、小はんが「打ち上げいかがですか?」と誘ってきた。「俺、独演会だから」「ネタおろしですよね」「知ってるなら、誘うなよ!」
一席目の「四人癖」、一之輔では初めて聴いた。「癖」の動きが大きくて楽しい。この噺でこんなに笑ったのは初めてだ。このまま寄席でやり続けたら、晩年「四人癖の一之輔」と言われるのは間違いないだろう。
お囃子責任者のりち姉さんの一席目の出囃子は「三百六十五歩のマーチ」だった。マーチだけに軽快なテンポで歩きやすそうだ。一之輔が「なんでこの曲?」と聞いたら、「三夜目だから、3歩進んで」「でも、2歩下がるだろ」「テヘヘ」というやりとりがあったらしい。
送り囃子は、一之輔のリクエストで「贈る言葉」を弾き、二席目は「万金丹」のネタおろしと聞いていたので、「千金丹」 (注1) を出囃子に選んだという。
学生時代、友達と二人で目的地を決めずに旅に出て、一軒家のお
不思議な旅のエピソードから、初演の「万金丹」に入った。乱暴な江戸の二人組が一時の融通に坊主になる。いいかげんなお経を聞いていたら、つい最近どこかで聞いた気がする。ああ、このお経、さっき三味線で聴いた「贈る言葉」ではないか!
最後の一席。一之輔は、妹弟子の春風亭
「笠碁」は、一之輔十八番の中に入れたい好演目である。いい年をした商家の大旦那が、碁石一つのことで大げんかをする。和解までの二人の大人気ない言動が、温かい笑いを呼ぶ。一之輔版ならではの、幼い時の思い出が泣けてくる。
なんとか仲直りしたあとは、それまでの旦那同士の会話ではなく「たけちゃん」「六ちゃん」と自然に呼び合っているのが嬉しい。
サゲを行った後は、恒例になった三本締め。
「ええと、世界の平和のために(笑)。平和じゃないと、落語を楽しめませんから」
次回の「2026秋」で通算60公演を超える「落語一之輔シリーズ」。平和を祈りながら、秋を待とう。そして、一之輔の更なる振り幅の広さを見届けたい。
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