【第10回箱根駅伝】明治大、大会新記録で連覇…早稲田大との競り合い制す
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第10回の節目の大会は、前回大会出場の10チームから特別参加だった関西大が抜け、9校が参加して1月5、6日に行われた。前年に初の13時間台となるタイムで優勝した明治大が、大会記録をさらに22分6秒更新する13時間32分50秒で、2年連続5度目の優勝を果たした。
往路は早稲田大が初の6時間台
レースは明治大と早稲田大の競り合いとなった。東京高等師範学校(のちの筑波大)が1区を1位通過した往路は、2区で早稲田大・窪田正克が区間2位の力走を見せ、首位に立った。3区では、上位でつないできた明治大がトップに立ち、4区・小島道雄も区間1位と快走。2位につけていた早稲田大は5区で藤木勲が明治大・山本巌雄を抜き、6時間57分53秒の往路新記録で箱根にゴールした。往路記録が7時間を切るのは大会史上初だった。明治大は3分13秒差の2位につけた。
復路でも、早稲田大は6区・鈴木憲雄が区間1位の走りを見せるなど、7区まで首位をキープ。8区では、3分41秒遅れの2位で出た明治大の北角昌利が、先行する早稲田大をかわし、2分58秒差をつけて先頭でたすきリレーした。明治大は9区でリードを3分23秒に広げると、10区・権泰夏が早稲田大・中島幸基の追走を振り切り、13時間32分50秒で連覇を飾った。2位・早稲田大との差は2分26秒だった。
明治大・権泰夏は3年後に五輪
2年連続最下位に終わった日本歯科医学専門学校(のちの日本歯科大)の10区では、鈴木喜政が1時間15分1秒の区間新記録をマークした。
明治大のアンカー・権泰夏は当時、日本の植民地統治下にあった朝鮮出身の選手で、3年後の1932年ロサンゼルス五輪では日本代表としてマラソンに出場し、7位に入ることになる。
日本大の曽根茂、3度目で初の区間1位
日本大の3区では、曽根茂が1時間17分22秒で区間記録を更新した。第8回大会(1927年)から第15回大会(1934年)まで8年連続で箱根駅伝に出場した曽根にとっては、初めて区間1位に輝く大会となった。
1929年(昭和4年)の主な出来事
・大阪の阪急百貨店開業、日本初のターミナルデパート
・飛行船ツェッペリン伯号が世界一周、日本上空も飛行
・「暗黒の木曜日(ブラックサーズデー)」、世界恐慌
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