【第28回箱根駅伝】早稲田大、18年ぶり8度目の優勝…中央大は8区ブレーキで3連覇ならず

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 前回大会の出場校11校に、専修大が2大会ぶりに、紅陵大(拓殖大から一時、校名変更)が4大会ぶりに参加し、初参加の成蹊大も加わって計14校で1月6、7日に行われた。レースは早稲田大が、3連覇を狙った中央大との競り合いを制し、18年ぶりの優勝を果たした。

20センチの積雪と強風の悪条件

 往路は雪と強風という悪条件の中で行われた。1区では、早稲田大の沼野正が川崎近くで中央大の林田洋之介をかわしてトップに立ち、先頭でたすきリレー。2区では、3位でたすきを受け取った中央大の南木信吾が区間1位の快走を見せ、首位に浮上した。3区で中央大は早稲田大・中村保徳に猛追され、1分7秒あったリードを11秒まで詰められたが、4区・井上治が区間トップの力走で再び2位の早稲田大を引き離し、1分10秒差をつけた。5区では積雪が約20センチに達する中、5年連続の山登りとなった西田勝雄が3年連続の区間1位で走り抜け、中央大がトップで箱根郵便局前にゴールした。2位に入った早稲田大は、2区の戸塚大踏切での列車通過待ちによる約1分のタイムロスもあり、中央大とは2分42秒差だった。3位には明治大、4位には日本大が続いた。

第28回箱根駅伝(1952年)の5区で、ゴールに入る中央大のアンカー西田勝雄
第28回箱根駅伝(1952年)の5区で、ゴールに入る中央大のアンカー西田勝雄

ボストンマラソン優勝の田中茂樹が初出場

 中央大の西田はこの後、第2次世界大戦後では日本が初参加する夏季五輪となった1952年ヘルシンキ五輪のマラソンに出場した。翌年の第29回箱根駅伝では6年連続で5区を任されて区間2位となり、中央大の2年ぶりとなる優勝にも貢献した。日本大の3区では、1951年のボストンマラソンで日本人として初優勝した田中茂樹が箱根駅伝に初出場した。田中は足の故障や気温低下の影響もあり、区間5位だった。

8区、早稲田大の園部光昭が先頭に立つ

 復路も序盤は中央大が先行する展開となった。6区・田辺定明は区間1位、7区・斉藤安雄は区間2位と好走を続け、7区を終え、2位・早稲田大との差は7分2秒まで広がった。しかし、8区の奥平憲司は戸塚中継所まで2~3キロに迫ったところで急失速して区間11位に沈み、早稲田大の園部光昭に先頭を奪われた。9区では、早稲田大が1分6秒のリードでアンカーへたすきをつないだ。

早稲田大は通算8回目の優勝、歴代最多に

 最終10区では、中央大の浅倉茂が早稲田大の水野勝を猛追した。しかし、早稲田大の水野は中村清コーチの指示で、前半は抑え気味に進み、機を見てペースアップする走りを見せた。中央大の浅倉に3度、並走されながらも水野は東京・芝の増上寺付近でスパートをかけ、浅倉を振り切って東京・銀座の読売新聞社前にゴールした。早稲田大は通算8回目となる戦後初の優勝を飾り、7回で並んでいた明治大を抜いて最多となった。中央大は1分5秒差の2位だった。

第28回箱根駅伝(1952年)の10区で、読売新聞社前のゴールに入る早大のアンカー水野勝
第28回箱根駅伝(1952年)の10区で、読売新聞社前のゴールに入る早大のアンカー水野勝

1952年(昭和27年)の主な出来事

・日航の「もく星号」、伊豆大島・三原山に墜落

・ラジオドラマ「君の名は」、放送開始

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4760915 0 箱根駅伝 過去大会アーカイブ 2023/12/07 12:50:13 2024/01/30 15:32:20 /media/2023/11/20231128SDBGS000208_202311281328561601122.jpg?type=thumbnail

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