【第25回箱根駅伝】明治大、全区間1位通過で7度目V…神奈川師範学校が大会史上初の途中棄権
完了しました

1区から全区間を1位で通過した明治大が2年ぶり7度目の優勝を果たした。神奈川師範学校(学制改革により翌年からは横浜国立大として出場)は3区で今井実が倒れ、大会史上初の途中棄権となった。
島村和男、田中久夫らの快走で独走態勢
明治大は1区の島村和男がトップでたすきをつなぐと、3区の田中久夫が区間1位の快走を見せ、2位・早稲田大に6分以上の差をつける独走態勢に入った。5区の岡正康も区間トップで走り抜け、往路を1位で終えた。
早稲田大が猛追、一時はトップに立ったが
復路では早稲田大が猛追を見せた。スタート時に8分52秒だった明治大との差を、山下りの6区で3分9秒まで詰めると、8区では26秒差まで肉薄した。首位・明治大と2位・早稲田大の優勝争いは27秒差で最終10区にもつれ込んだ。早稲田大のアンカー水野栄英は序盤で一時、トップに立ったものの、明治大の木渓博志も並走。水野が品川・八ツ山橋付近で左脚にけいれんを起こしたことから、木渓が一気にリードを広げ、明治大が早稲田大と並んで最多タイとなる7度目の優勝を飾った。早稲田大は26分42秒差の2位だった。
往路9位の中央大、復路1位・総合4位
前年優勝の中央大は2区で区間12位、3区で区間8位と勢いに乗れず、5区では、芦ノ湯付近から歩き始めていた西田勝雄がゴール目前で倒れるハプニングがあった。西田は関係者に抱え起こされ、ゴールへ連れ込まれたことから、物議を醸した。往路9位となった中央大は7~10区で区間トップの記録を残し、復路1位、総合4位だった。
翌年からは日本体育大として出場する日本体育専門学校が初出場し、7位に入った。
1949年(昭和24年)の主な出来事
・岩宿遺跡発掘
・下山事件、三鷹事件、松川事件
・湯川秀樹氏にノーベル物理学賞






























