【第27回箱根駅伝】中央大、全中継所トップ通過の大会新記録で連覇…東京農業大は失格
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前年大会に出場していたチームのうち、慶応大、東京教育大(のちの筑波大)、専修大が不参加となり、計11校で1月5、6日に行われた。慶応大は、「寒い時期に固い道路を走ると選手の故障を増やし、トラックシーズンでの活躍が望めない」とする米国から持ち込まれた当時のトレーニング理論を理由に、欠場を決めた。レースは、全中継所をトップで通過した中央大が2年連続4度目の優勝を果たした。中央大にとっては、初の連覇となった。
中央大、往路記録を5分32秒更新

往路の序盤から中央大が独走した。1区では浅井正が2位に1分54秒差をつけ、先頭で鶴見中継所へ。2区の南木信吾は13年ぶりの区間新記録となる1時間5分43秒で、さらにリードを広げた。3区では高杉良輔が区間3位でつなぐと、4区は中距離ランナーの室矢芳隆が1時間7分2秒で14年ぶりに区間記録を更新。4度目の山登りとなった5区の西田勝雄も区間1位で走り抜け、トップで箱根にゴールした。6時間14分0秒の往路新記録は、第18回大会(1937年)で日本大がマークしたそれまでの往路記録を5分32秒更新し、2位の明治大に7分10秒差をつけた。室矢と西田は翌年の1952年ヘルシンキ五輪にそろって出場した。
9区間で1位の中央大、2位に21分29秒差
復路も中央大の独走が続いた。6区では田辺定明が自身の区間記録を更新し、1時間16分36秒でたすきリレー。7区の黒木弘行、8区の林田洋之介、9区の富山孝次、10区の浅倉茂も区間1位の走りで後続を寄せ付けず、復路も6時間6分13秒の新記録で東京・銀座の読売新聞社前にゴールした。計12時間20分13秒の大会新記録は、第18回大会(1937年)で日本大がマークしたそれまでの記録を13分11秒更新し、2位に入った明治大との差は21分29秒まで広がった。前年優勝メンバーのうち8人が出場した中央大は、3区を除く9区間で区間1位だった。
9着でゴールした東京農業大は、8区の青木弘が戸塚中継所の手前で倒れたため、応援団が中継所まで運び込んで、9区の走者にたすきをつないだ。レース後の監督会議でこの行為が取り上げられ、コーチの申し出により東京農業大は失格となった。
1951年(昭和26年)の主な出来事
・第1回NHK紅白歌合戦、1月3日に放送
・サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約に調印
・トルーマン米大統領、マッカーサー元帥を解任
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