【第45回箱根駅伝】日本体育大、往路・復路とも制し初の総合V…明治大が1区ブレーキで繰り上げスタート
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出場21回目となった日本体育大が往路、復路ともに制し、11時間30分58秒で初の総合優勝を果たした。2位の日本大に7分50秒差をつけた。日本体育大はその後、第49回大会(1973年)まで総合優勝を重ね、5連覇を達成した。
山口敏夫、伊藤保の連続区間賞で首位浮上
往路は1区で、大東文化大の尾堂博が区間1位の快走。2区、3区は、それぞれ区間1位、区間2位とつないだ国士舘大が先頭でたすきリレーした。日本体育大は4区・伊藤保が3区・山口敏夫との連続区間賞でトップに立つと、5区・松岡厚も区間3位と力走し、5時間53分47秒で往路優勝を飾った。終始、上位でつないできた順天堂大が2分51秒差の2位。前年総合優勝の日本大は3位、国士舘大は4位につけた。
リッカー経て入学、27歳・増田亮一が区間新
全15校が一斉スタートした復路は、日本体育大、順天堂大、日本大が上位争いを演じた。6区では順天堂大の小笠原和也が区間1位で小田原中継所にたすきを運び、総合順位でも日本体育大を抜いて18秒差のトップに立った。7区では、実業団のリッカーに5年所属した後、体育教師を目指して日本体育大に入学した27歳の増田亮一が区間新記録をマークし、再び総合1位に立った。日本体育大は8区を区間4位、9区を区間3位でつなぐと、最終10区でも三原市郎が区間賞の走りを見せ、復路優勝とともに総合優勝のゴールテープを切った。総合タイムで7分50秒差の2位に日本大、さらに12秒差の3位に順天堂大が入った。
青葉昌幸監督が初采配、大東文化大は7位
出場2度目で、1968年春に就任した青葉昌幸監督が初めて指揮を執った大東文化大は7位だった。過去最低の11位となった中央大は初めてシード権を逃し、翌年の大会で予選会に回った。
往路・鶴見で初の繰り上げ
2年ぶりに出場した明治大は1区・内田典之が先頭の大東文化大から11分55秒遅れの最下位に沈み、大会史上初めて往路の鶴見中継所で繰り上げスタートとなった。
第45回大会からは往路のゴールと復路のスタートが、前年までの箱根郵便局前から大観山入り口駐車場に変更された。東京・銀座の読売新聞社と大観山入り口駐車場を結ぶコースは第47回大会(1971年)まで続いた。
1969年(昭和44年)の主な出来事
・映画「男はつらいよ」第1作公開
・プロ野球、黒い霧事件
・巨人の金田正一投手、史上初の通算400勝






























