【第57回箱根駅伝】順天堂大、日本体育大との競り合い制し2年ぶりV
完了しました
往路優勝の順天堂大が復路の7区で逆転されながらも、8区で再びトップに立ち、2年ぶり3度目の総合優勝を果たした。
4区・中島修三で首位浮上、上田誠仁が3年連続山登り

順天堂大は往路で、1区・波多野宏美が区間9位と出遅れたものの、2区・松元利弘、3区・木村康樹が区間上位の走りを見せ、4区へつなぐ平塚中継所では3位に浮上。4区の中島修三は区間トップと快走し、首位に立った。5区では、3年連続で山登りを任された主将の上田誠仁が故障明けながら、日本体育大・大塚正美の猛追をかわし、57秒差で2年ぶり4度目の往路優勝を飾った。のちに山梨学院大で監督を務める上田にとっては、最後の箱根駅伝となった。
神田修・小山輝夫、日本体育大の追走振り切る
復路では順天堂大と日本体育大が競り合った。往路2位の日本体育大は7区で順天堂大に逆転。9秒遅れでスタートした順天堂大の8区・中井良晴は、同じ2年生の中島が往路4区で見せた快走に「あいつに負けられるか」と発奮し、区間賞の力走で再びトップの座を奪い返した。9区に神田修、10区に小山輝夫とエース級の選手を残していた順天堂大は日本体育大の追走を振り切り、1分28秒差で逃げ切った。5時間34分11秒の新記録で復路優勝した大東文化大が、日本体育大に続いて総合3位に入った。大東文化大は9区・大隈広基が従来のタイムを2分26秒更新する区間新記録をマークした。
谷口浩美、初出場で6区区間賞
総合2位となった日本体育大の6区では、谷口浩美が箱根駅伝に初出場し、区間賞に輝いた。卒業後、実業団の旭化成に進んだ谷口は1991年世界選手権東京大会の男子マラソンで優勝したほか、オリンピックでも、1992年バルセロナ、1996年アトランタと2大会連続で男子マラソンに出場するなど、日本を代表するマラソンランナーとして活躍した。
コーチになっても瀬古コール
前年の出場を最後に早稲田大を卒業した瀬古利彦は母校のコーチとして伴走車に同乗。選手に声かけする一方で、沿道から「瀬古コール」を浴びる姿が話題になった。
1981年(昭和56年)の主な出来事
・「ピンク・レディー」解散
・「オレたちひょうきん族」放送開始
・福井謙一氏にノーベル化学賞






























