【第65回箱根駅伝】順天堂大、史上4校目の4連覇…山梨学院大・オツオリが初出場
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往路、復路ともに制した順天堂大が11時間14分50秒で4年連続8度目の総合優勝を果たした。4連覇を達成するのは日本大、中央大、日本体育大に続いて、大会史上4校目となった。出場3度目となった山梨学院大が、ケニア人留学生のジョセフ・オツオリとケネディ・イセナをそれぞれ2区と8区に起用し、外国人留学生が初めて箱根駅伝に出場した。
箱根初の外国人留学生オツオリ、7人抜き

往路は順天堂大を軸に、山梨学院大や日本体育大が上位を争う展開となった。スローペースとなった1区で抜け出したのは、順天堂大の三浦武彦だった。粘る日本体育大・深井剛をラストスパートで振り切り、6秒差のトップでたすきをつないだ。2区では、先頭と48秒差の8位で出た山梨学院大のオツオリが7人抜きの区間1位と快走し、首位に浮上。山梨学院大は3区も区間4位でつなぎ、トップを守った。4区では、3位でたすきを受け取った順天堂大の倉林俊彰が区間賞の快走を見せて再び先頭に立ち、5位で出た日本体育大の別府健至も3人抜きで2位に。5区では、日本体育大の島津秀一が順天堂大の仲村明に16キロ付近で追いついたものの、最後は12秒差で仲村が逃げ切り、順天堂大が往路優勝を飾った。
25歳の順天堂大・山田和人、9区で日本体育大を逆転

復路は順天堂大と日本体育大のマッチレースとなった。日本体育大は6区で川嶋伸次がスタート直後に順天堂大の今村稔和を抜いて先頭に立つと、7区、8区は2分弱のリードを保って順天堂大に先行した。追いかける順天堂大は9区で山田和人が日本体育大の大梶義幸を逆転し、2分3秒差をつけてたすきリレー。10区の1年生アンカー、巽博和も日本体育大を突き放し、2分49秒にリードを広げて東京・大手町のゴールに飛び込んだ。順天堂大の4連覇をたぐり寄せる快走を見せた山田は当時、25歳の3年生。新潟・津南高を卒業した後、自衛隊を経て、新聞配達や病院のアルバイトをしながら順天堂大を受験し、3度目の挑戦で合格したという経歴の持ち主だった。1988年、1989年の日本選手権では3000メートル障害で連覇を達成した。
山梨学院大が初のシード権…イセナは区間最下位
往路4位の山梨学院大は復路12位で、過去最高となる総合7位に入り、初めてシード権を獲得した。8区のイセナは右太もものけがに伴う練習不足により、区間最下位の15位だった。
第65回大会からは、各チームが大学名を書いたのぼりをつけて選手に伴走する連絡車(監督車)が廃止され、各チームの監督は競技役員とともに監察車に同乗して選手を追走した。選手へのかけ声や応援行為、情報の提供、ペースの指示などは禁止された。警察庁の指導による日本陸連の駅伝競走基準改正に伴う対応だった。
大会後に昭和天皇が崩御
大会終了から4日後の1月7日には昭和天皇が崩御し、翌8日には平成に改元され、第65回大会は昭和最後の開催となった。
1989年(昭和64年・平成元年)の主な出来事
・昭和天皇崩御
・消費税スタート
・美空ひばり死去
・天安門事件、「血の日曜日」
・ベルリンの壁崩壊






























